血煙銭湯

毎週(あるいは隔週)日曜に更新します

いまネトフリでオススメのホラー映画の紹介など

先週月曜から「ジャイアントまりん」の掲載を始めたのはご周知のとおり。
ここを見ている人はだいたい読んでいることと思うが、
公開した部分はまだ撒き餌をしている段階で、
いつもの僕のギャグの調子が出てくるのは今日UPするあたりから。
このブログを公開した後に10ページ目を掲載しておくヨ。

劇中に変な看板がいろいろあるのが見て取れると思うけど、
あれは既存の看板を使っても面白くない(権利的な問題が出ることもある)ので、
親しいフォロワーをネタにしてわざわざ作っておいた。
「わしも親しいと思うのだがネタにしてくれないのか…」
と思う人もいるかもしれないが、
ネタとして使いづらいお名前という場合があったり、
まだ話が始まったばっかりだから単純に出てないだけということもある。
使ってヨー、という希望がある人はツイッターで話かけてもらってもいいが、
それでも登場までには時間がかかってしまうことを念頭に置いてほしい。

さて今日は前から「こういうのやりたかった」などと言いつつやってなかったネタとして、
今(2018年10月)ネットフリックスで見れるホラー映画のオススメを
ご紹介しようと思う。
ネットフリックスと契約してないんで…と言う人にも実用性があるよう、
専属配信以外の作品から選ぶ方針だ。
いや…ホラーはちょっと…と言う人は、まあ文章だけでも読んでいってつかあさい。


「ディセント」
急流下りとか登山とか冒険を趣味とする女性グループが、
未知の洞窟探検に挑んだら、どんどん悪い深みにハマって
あげく食肉性の地底人(!)に襲われてしまうというサバイバルホラー。
イギリス人監督ニール・マーシャルによる傑作で、
この監督得意の空撮を多用した(どこか忌まわしい)自然の風景や、
女性グループたちの人間関係を背景とする愛憎怨怒、
そして主人公サラを定期的に悩ませる亡き娘のハッピーバースデーの唄
などによって、ともすれば陳腐になりかねないB級ホラーに
上質な雰囲気を漂わせている。

マーシャル監督は「ドッグ・ソルジャー」による監督デビューで一躍注目され、
続くディセントでも絶望感著しい展開でファンの期待を集めたのだが、
その後「ドゥームズデイ」でホラーなのかアクションなのかヒャッハーなのか
よう分からん映画を撮ってしまい、それで干されて最近映画で見ないなと思っていたら
「ゲームオブスローンズ」「ハンニバル」「ウェストワールド」「ロストインスペース」など
ドラマ中心に活動している。…うーん久々にホラーも撮ってほしいのだが、
ドッグソルジャーやドゥームズデイで見せたアクションの上手さもあり、
当面はそっちで活躍してしまいそうである。

全編洞窟で暗いため、見る際は部屋の明かりなどを調節した方がいいかもしれない。
亡き娘の唄は結局何なのかは見る人の解釈によるのだろうが、
僕は攻殻機動隊でトグサが言った「女房と娘の顔が頭ン中いっぱいになって…」
と同種のものを感じ、背筋が凍った思い出が強い。
ディセントには続編も作られたが、マーシャル監督自身がメガホンをとってない
こともあって普通のパニックホラーみたいになってしまった…。


「スプライス」
カプコンの格闘ゲーム「マーヴルスーパーヒーローズ」でサイクロップスが
昇竜拳みたいな技を出すとそのあと「ジーンスプライス!(遺伝子攪拌)」
と言うのだが、これは担当声優のアドリブらしい。
このスプライスという映画は、文字通り遺伝子攪拌によって
人間と動物の遺伝子を掛け合わせたハイブリッド・アニマルを作ったら、
なにか想定外のとんでもねえバケモンが生まれてしまったというサイエンスホラーである。
(自然な導入だ)
この生まれたハイブリッドアニマルが、また人間に似ていながら人間ではない
という不可解な不気味さを帯びており、脚が逆関節だったり目の位置が異様に離れていたりと
僕としては「どういう特殊メイクやねん」と話の筋そっちのけで気になってしまった。
フルCGでこの怪物を作ったんだとしたら、2009年にしてはなかなか頑張っている。

ドレンと名付けられた生物(ガンダムの登場人物ではない)は
人間に近いながら人間とかけはなれているため、人間が成長過程で得る倫理観や
言語なども全く習得しない。しかし生物としての本能は持ち合わせており、
お約束どおり状況をしだいに悪い方へ転がしていく。
主演のエイドリアン・ブロディはプレデターでマッチョなキャラもやったが、
やはり顔つきからもこの手のドラマ性が強く、苦難にまみれるキャラクターの方がよく似合う。
意外にも、この映画は脚本を担当したヴィンチェンゾ・ナタリによる「キューブ」の
続編として企画されていたんだそうな。全然方向性違うねえ。


「セル」
若本規夫さんが声を当てたドラゴンボールの人造生物ではない。
ホラー小説界の巨匠スティーヴン・キング原作による、
携帯電話(セル)が引き起こす悪夢的状況を描いたサバイバルホラーだ。
主人公であるコミック作家のクレイは、ボストン空港から別居中の妻と息子に携帯電話で
会話していた最中、電池がなくなって途中で切れてしまう。
ところがそれとほぼ同時に、携帯で会話していた周囲の人が暴徒と化し、
同じような状態にない人々を襲い始めた。
命からがら空港から逃げ延びたクレイは、車掌のトム、少女アリスと協力して、
クレイの家族がいるニューハンプシャーへと旅を始めるのだが…。
状況にいろいろ違いがあるとはいえ、事実上ゾンビ映画の亜種といっていい。
しかも感染者は携帯でおかしくなった「生存者」であるうえに、
なんらかの意図をもって行動しているため、敏捷性があるうえに組織性も見られるという
なかなかやっかいな手合いである。
旅を続けるうちに仲間を増やしたり減らしたりして、目的地へ近づくクレイだが、
この状況には自分が関係しているらしきことが次第に分かっていき…。

主人公が作家というあたりが、いかにもキングらしいのだが、
それ以外はあまりキングらしさを感じられない作品になっている。
ラストも「は?」と言ってしまいそうな投げっぱなしで、
映画としてはちと難のある終わり方なのだが、小説としてはアリな終わり方でもあった。
今回紹介した中では面白いけどちょっと劣る一本かもしれない。
他にもスリザーとかジーパーズクリーパーズとかハイテンションとかフッテージとか
いい作品あるんだけど、どれもちょっと知名度あるかなあと思って紹介しづらかった。
(そうでもないか)
世間的には評判がよくないけど「遊星からの物体Xファーストコンタクト」も
前作では技術的に無理だった「人間が生きたまま物体Xと合体するシーン」だけは
凄まじい嫌悪感があって、そこだけ何度でも見てしまうくらい素晴らしいんで
作った価値はあったと思う。

ネットフリックスのホラー映画は、だいたい2000年代以降ばっかりだけど、
以前デビッド・クローネンバーグの「スキャナーズ」「ザ・ブルード」を配信したりと
読めないので定期的にあさるのは楽しい。

今日はこのあとのいつものコーナーもホラー映画なので、
まるで単なるホラー映画紹介ブログみたいだあ。

~今週の映画~
「グッドナイトマミー」

森とトウモロコシ畑に囲まれた豪邸で暮らす双子の兄弟は、
入院中の母親の帰りを待ちながら仲良く遊んでいた。
果たして戻って来た母は、顔中包帯に巻かれていて素顔も分からない。
その日から、かつて優しかったはずの母親の態度は冷たく変わり、
兄弟はあの母親は別人ではないのかと疑念を抱き始める…。

珍しくもオーストリア産のホラー映画である。
初見ではドイツ語だったんで、変な予感がしたのだが
(ドイツホラーは前衛的だったり、キラーコンドームみたいな変な映画ばっかりという印象)
ならばちょっと安心した。

予告編の雰囲気を見ても分かるように、本作はサスペンス主体で
母親は本当に母親なのかを確かめようと
密かにアルバムをめくったり、パソコン履歴を確かめたり、おもちゃの無線機を寝室にしかけたり
子供ながらにあれこれ探りを入れるほどに疑念が増していく。
母親も電話で誰かとの会話で「もうフリを続けるのは無理よ!」
などと喋ったりしてなんとも怪しい。
いったいこの母親は何者なのか…。

というのが中盤から一変、視点が180度回転して
あげく最後の最後には恐ろしい事実が明らかになる。
それが何なのかはこの作品のキモだから言わないけど、
分かる人には最初の方で分かってしまうらしい。

むーん、推理ものならそういう勘ぐった見方もアリとは思うけど、
ホラーなんだからもっと恐怖を味わうように純粋な気持ちで見ようぜえ
というのも野暮な注文か。
視聴者の疑念を増すために、最低限の断片的な情報しか与えず、
それを積み重ねてラストでドンという定番な展開だけどなかなか面白いホラー映画だった。

次回作やイラストなどよもやま話

新作「ジャイアントまりん」の製作を始めて一週間と少し、
冒頭、描き慣れない人物タイプをたくさん描かざるをえないネームで、
1ページ仕上げるのに予想外の時間をかけてしまったが、
線画を入れてしまったらどうということはない、
そのあとは今までの5割くらいの手間で1ページできあがったことに
少々戸惑いを覚えている。

前作デッドマキシマムでは雰囲気を出そうとベタ重視した作画だったので、
それがなくなるだけで――それとギャグ顔が使えるだけで、
こんなにも肉体的、精神的に作業が楽になるのかと驚きを隠せない。
しかしまだ以前を引きずっているせいで絵が堅い感触があり、
ギャグなんだし、いまネトフリで夢中になって見ている
「リトルウィッチアカデミア」みたいなノリの作画ができればいいのにと
観察と反芻を絶やさない日々だ。
(それで簡単に身に着けられるもんじゃないんだが)
背景とかも「フリーハンドでいいんだよ、あほな線で」
などと思いつつ、それでちゃんとしたパースにならないから
結局パース定規使ったりして思うような味にはまだなってない。
むぐぐ…。

と作画方面の悩みは尽きないが、どうにか発表できるだけの余裕はできた(できてない)
ので改めて宣言しておくが「ジャイアントまりん」本編は
初回4ページを一挙に公開して、あとは毎日1ページ更新という形をとっていく。
ナニ?初回は5ページじゃなかったのかって?
そうすると微妙に余裕がなくなるのと、ツイッターの仕様からも最初は4枚がよかろう
ということになったので最初は4枚にした。
毎日1ページ更新というのもね、昔はそんな小出しはどうなんだと思ったけど
更新が多ければそれだけ各サイトのトップに出る、いわゆる「露出」が増えるので、
多くの人の目に留まりやすいというメリットがあることに気づいた。
それに某漫画が、最初は一週間更新だったのがそのうち二週間になり
ついには一ヵ月に一回というペースになったのを見て、
「自分そうであるように、読者も更新されないのをやきもきして見ているのか…」
と実感すると、一日1ページずつでも更新されていくのはいいことなのかもしれない
とも思うようになった。

そのほかは予定通りマンガハック、pixivファンボックス、ニコニコ静画、ファンティア
そしてツイッターに「無料」で公開していく。
サイズは1000×700pxぐらいになるかな。
有料版はこの倍以上の解像度で、怪獣図鑑とかおまけも擁していくことで差別化したい。
1話分すべて公開が終われば、他のサイトでの公開も考えている。
製作を始めてしまったからには「どうか当たりますように」
と毎日お祈りするばかりである。

いつもなら描いたえっちなイラストの解説とかをするところだが、
先月描いた三本のイラストはどれも納得いった出来にならなかったので
話をするのがちょっと苦しい…。
どれも勢いで描いたんだけど、勢いで描いたわりに動きがないので勢いがないという絵で
やはり俺は、キャラクターに動きがないと生きた絵にならない男なのだ。
でもそれがあったとしても、漫画描く方が好きなんで漫画描いてただろうなあ。
春麗はともかく、他の二キャラはあまり思い入れがあるというわけでもないし~。
(この辺、話題性だけで突っ込んできたネタの宿命か)
でもまあ定例のことなので、一応ここにも飾っておくわよ
クッパ姫01
キングテレサ姫_0000
春麗002_0000

クッパ姫だけなんかサイズが違うじゃねえかって、
これは間違っていつもと違うサイズで描いてしまったのを気づいたのは
仕上げた後のことだからだッ。
あとクッパ姫とキングテレサ姫は下着表現にこだわって、
レース素材を変形して貼り付けてある。
これが思いのほか手間で、漫画だとアシスタントでもいないと
ちょっとやってられないかな~というくらい時間がかかった。
左右で模様位置が違ったりするとやり直しになるからね。
ましてコマ数によって描いたキャラの数だけ同じことをやらなければいけない漫画だと
その手間は推して知るべし。
春麗は前回まあまあうまくいったけど、
今回また描いてみてやっぱり難しいバランスのキャラクターだと思った。
細すぎても太すぎても「らしく見えない」のがどうにも…。

なんだかんだ言いつつ結局イラストの裏話しちゃってるな。
本当はネトフリで配信されているホラー映画でオススメを
いくつか紹介しようかと思ってたんだけどあまり時間がなくなってきちゃった。
10月はネトフリでバートン版バットマンやロードオブザリング3部作の配信が決まるなど
ますますワーナーとの提携が進んで、ディズニーとの対立軸が深まった印象があり、
マーヴルファンとしてはネトフリで見れそうにないのを憂うばかり。
(最近雲行きがおかしいスターウォーズはわりとどうでもいい)
まあマーヴルもヒーローを切り売りしているんで、デアデビルやパニッシャーは
これまでどおりシリーズを製作してくれるのが救いではある。
デアデビル3rdシーズンはデアデビルとフィスクの復活に合わせて
どうやら偽デアデビルとしてブルズアイが出てくるみたいなんで楽しみにしている。


~今週の映画~
今回は「ザ・ロード」の感想

これはネトフリで見つけた映画のひとつで、
紹介文からポストアポカリプスジャンルのロードムービーであると判断し
いちおうリストに入れておいた。
が、僕が何度か見たこの手の
「ポストアポカリプス世界で安住の地を求めて旅する映画」
にはろくなものがなかった(マッドマックスは似てるけど方向性が違う)ので、
嫌な予感を覚えたのだが、それでもリストに入れてしまったのは
たぶん、予告映像でも世界観がきちんと描かれていたからではないかと思う。

見る寸前になって、これにはきちんとした原作小説があり、
しかもあの名作「ノーカントリー」の原作者によるベストセラーと知って
じゃあ面白いのかもと期待を込めて視聴にのぞんだ。

何らかの大災害(何が起こったのかは明確ではない。核戦争か天変地異か…?)によって
文明が失われてから10年余り、父と息子は北米大陸を南へ向かって旅をしていた。
それは今は亡き妻の遺言であったが、同時に温かい南へ向かえば何らかの救いがあるのでは
という淡い期待もこめられていた。
しかし、大災害によってほとんどの動植物は死滅し、常にどんよりした天候によって日差しはなく、
時折大きな地震や森林火災が発生し、さらには生き残った人々のほとんどが暴徒と化す
まさに生き地獄のような世界である。
過酷な状況下において、父はまだ人としての倫理や理想を捨てず、
「我々には心の火がある、これを残していかなければ」と常に息子に諭す。
それをあざ笑うかのように、次々と起こる危機。果たして二人の運命は…。

なかなかの傑作映画。この手のポストアポカリプス世界でのロードムービーは、
だいたい予算が足りなかったり、危機のパターンが少なかったりして
生存者同士の愚にもつかぬ語り合いで時間を埋めて退屈になったりすることが多いのだが
(もっとも眠くなるパターンだ)
本作は飢餓と襲撃による危機が頻繁に起こるため、気が付くと手に汗がにじんでいる。
何より秀逸なのは、ポストアポカリプスにおける食料問題をことさらにえぐっていること。
こうも何も無くなってしまったら、人間は何を食うか。
マッドマックスですらとりあげてなかった(まああれはそういうのを扱う映画じゃないけど)、
またほとんどの同類作品で避けている問題を、本作では真正面から取り上げている。
もちろん人間を食うしかないのだ。
中盤で描かれる、人間の食糧庫などは本作におけるもっとも恐るべきシーンである。

この圧倒的恐怖にさらされながら、息子の存在によって理性を保ち続ける父だが
しだいにその倫理観も弱くなっていき、さらに彼自身の時間も失われていく。
ポストアポカリプスを単なる世界観として使うのではなく、
その世界で生きるということ、また人間性を問うていく点において
今のところ追随を許さない一本であると思う。

ポストアポカリプスの旅映画にろくなものがないというということでもあるが(;^ω^)

デッドマキシマム18話の裏話

先日道を歩いていると、やにわ幼女がズボンを降ろして座り込み
おしっこするところを目撃してしまった松田です。
待て、別に犯罪を犯したわけじゃない。向こうが勝手にやりはじめたんや。
その後の様子を見ると、公園で友達と遊んでいたのを家に帰るのが手間なので、
思わずその辺でやってしまったらしい。それにしたって大胆不敵な幼女である。

別に僕もその様子をまじまじと見ていたわけじゃないからな。
ロリコンでもないので「いいものを見せてもらった」と言うべきなのかどうか分からん。
写真くらい撮っておけばよかったか…(それこそ犯罪だ)

今日はいつもどおり、先日UPしたデッドマキシマム18話の裏話である。
とはいえ一応、完結してしまったので伏線的な面であまり語ることはないかもしれない。
あまり人気の上がらなかった作品ではあるが「これが好き」と言ってくれる人もいるので、
何がよくなかったのかとか、欠点をあげつらうつもりはない。
そういうのは僕一人が分かっていればいいのだから。
しかし「売る」ことを目的とした以上、一定以上の人気を得られなかったことは、
続けていく上で難しい理由となったのは事実である。
予定よりずっと早期に話をたたむためとはいえ、いくつか雑に伏線を回収してしまったことは、
ここに伏してお詫びする以外にない。

しかし、ストーリー全体の流れとしては18話分で公開したものとほぼ同じで、
当初の予定だと、中州編では寄生悪魔をラスボスとして
生き残った傭兵たちとの共闘を描くつもりだった。
その後、平常運転に戻ったグリムの仕事を描きつつ、
覚醒したジャックやヴクブ・カキシュらとの戦い、
フランク邸への強襲、ミスターMの暗躍といった話を挟んで、
真なる神YHVHの降臨に伴い、大量出現した怪物による
エレボスシティの大混乱とグリム最後の戦いとなるはずであった。

18話はそのほとんどを圧縮した回であると言ってもいい。
冒頭のカーアクションは本当はもっと餓鬼相手にグチャグチャのメチャクチャしたかったのだが
ページ数の制限もあり、この程度に収めざるを得なかった。
グリムの愛車も本来なら中州編での活躍はなかったのだが、
終わるにあたってここで出さなかったら何のために作ったのか
という無意味さが漂うので、ちょっと無理して持ち込んだわけだ。

終わらせると決めてからも、ラストバトルについてはいろんな案があった。
マルファスやジャックとの激闘を描く予定は長い間生きていたのだが、
そうなるともう1話、2話分必要となるし、
伸びれば伸びるほど僕の精神的ダメージも広がっていく。
(上がらない人気と売り上げという意味で)
また、いろんなものが切り替わる九月をはずしたくないという
時期的な理由もあった。

このラストバトルの大部分をカットしよう、という流れになったのは
限られた期間から逆に考えて、この漫画において最も決着を密に描かなければならないのは何か?
という命題を絞りに絞った結果である。
一番重要なのは敵の狙いを阻止することだが、同じくらい重要だったのは
グリムとキルシュの関係である。

グリムとキルシュはよくできた相棒で信頼関係も強い。
しかしその契機となっているのは「キルシュが感染しているゾンビ化の呪い」である。
同時にグリムは、幼いキルシュをできればこんな危険な仕事に巻き込みたくない
という倫理観による引け目を持っている。
こうした不幸な関係性で作られた絆は、それがどんな大切なものであろうと
最後には解消されることで幸せにならなければいけない。
これは一種の黄金パターンで「小公女セーラ」とか「おジャ魔女どれみ」とかも
これに類する最終回となっている。
(逆にいくつかあるデッドマキシマム・プロトタイプでの関係性であれば、
グリムと結ばれるという終わり方もあったかもしれない)

よって17話、18話はキルシュを中心とした物語となった。
グリム自身の成長はすでにジャックとの戦いで語られているし、
彼女にしてみれば、ソフィーの気持ちも知ったので安心して
キルシュを任せられる背景も語られている。

そこまで決まってしまうと、問題になるのはラストシーンで
これもまた長い間いろいろなパターンを考えた。

パターン1・マルファス、ジャック、ヴクブらを倒したグリムが
彼らの力をとりこんでYHVHに特攻し結果、世界が過去から書き変えられる。
そしてソフィーの愛人(おいおい)として引き取られたキルシュが
ある日、例のマスタングの助手席に乗り込むと、
理由の分からない懐かしさに襲われて涙する。
どうでもいいが、この時のソフィーは妊娠している。
……13歳の父親かあ。倒錯しとんな。

パターン2は発表した本編とほとんど同じエンディングで、
分かれたグリムは生死も行方も不明となる。
数年後の教会で結婚式を挙げるキルシュとソフィー。
キルシュがふと目をやった木陰に、グリムの影を見たような気がする。
安堵するキルシュ。
この場合、ソフィーとの間にすでに三人の子供がいる設定(おいおい)。

いずれもソフィーとくっつく最後が描かれているが、
本編でそうならなかったのは、いずれもページ的な制限によるところが大きい。
どう考えても本編に収まらないのである。
電子書籍化用にその部分だけ描き下ろすという手も考えたのだが、
あまり未来を決めてしまうのも面白くないし
一応今後の余地も残しておきたいと思った。

…今後の余地? まさか人気がなく打ち切り同然に終わっちゃったのに
続きを描くつもりなの? と問われれば「分からない」と答えるほかはない。
未練と言えば未練だが、しかしこのキャラや世界観には
まだ動かせる可能性があると感じているのだ。
このグリムというスーパーヒロインに、もっと描き方があったのではと。
あの終わり方はそういう意味を込めた形になっている。

さて語るべきことも語り終えたかと言えばそうではない。
読んで違和感を抱いた人もおいでだろう。
そう、キルシュが手榴弾を使ったシーンである。
実はあのシーン、本来なら「ジャックへ向かって投げ捨てたライフルを囮に、
ポケットに忍ばせていたコルト・ベストポケットで膝を数発撃ちぬく」
というアクションが描かれるはずであった。
さしものジャックも、銃口が見えなければかわせないという機転が利いたシーンだったのだが、
それを描く直前で「あっ、キーナンから奪った手榴弾の伏線忘れていた!」
ことに気づいてしまったのだ。
実を言うとこの手榴弾の伏線は、グリムがマルファスを破るために用意したのだが、
二人の対決シーンを丸々カットすることになったため、完全に宙に浮いたことを
コロっと忘れていたのである。
本来なら17話でグリムへ手渡すシーンもあったはずなのだが、最終回の内容が変わったのに伴い
そのシーンも必要なくなったのが忘れた直接の要因であると思う。
M67型手榴弾は効果半径15メートルもあるので、あの距離で使う代物ではないのだが、
ここで使わなかったら伏線を貼った理由もない。
申し訳程度だが、キルシュはライフルのバットを盾にして破片を防いだことにしたが、
軍事マニアの方々からすれば「無理無理」と呆れかえるシーンだったのではなかろうか。
強制終了の無理が出た分かりやすい事例と言えよう。

以上で、デッドマキシマムの裏話はおしまい。
で今週からは新作「ジャイアントまりん」の製作を進めていく。
血がドバドバ出るような残酷シーンの代わりに、ギャグと色気を詰め込んでいくので、
今までより広い層の人たちが読めるものになると思う。
(反面、女性層がもっと減りそうな気もするが)。
とりあえず表紙イラストはできあがったのでブログ読者だけの特典として先行公開しておこう。
ジャイアントまりん表紙01_001

あほな話はいいんだけど、いままで「かっこいい絵をどう見せていくか」
だったものが「無駄にエロい構図をどう突っ込んでいくか」を考えていかなければいけないので、
いかに頭を切り替えていくかが、当面の課題であろう。
(まだできてないデザインもたくさんあるし課題しかない)

デッドマキシマムは公開後一週間となる火曜日には
今まで無料公開していた第一話も含めて全部非公開とする。
公開していたサイトには僕の手が届かないところもあるので、
いくつかは残るがこれはまあしょうがない。
第一話は無料公開になっている電書サイトもあるし、それほど問題ではないと思う。
一方ジャイアントまりんは、もし電子書籍化するにしても
無料公開版は無料公開のままにしようかなと考えている。
電子書籍版の方はデッドマキシマムよりも高画質にすることで差別化できないかなと。
これは僕の長所である絵の綺麗さを生かした戦略である。
(まだ結論じゃないけど)

~今週の映画~
今回は「ランペイジ」の感想。

さかのぼること春のこと、去年の末から今年春までの大作映画ラッシュについて
とあるフォロワーの方がスターウォーズやアヴェンジャーズをさしおいて一押ししていたのが
このランペイジである。
予告編はかなり前から知っていて、あのロック様が白い巨大ゴリラと手を組んで
(ダブルゴリラじゃねえか!)巨大化生物に立ち向かうアクション巨編。
これで面白くないわけがない。

アメリカの大手企業エナジー社は、宇宙ステーションで違法な遺伝子改造実験を行っていたが、
不幸にも実験体が脱走しステーションは崩壊、唯一の生存者を載せたポッドも壊れ、
耐熱カプセルに入った実験サンプルが地球へ落着した。
そのうちのひとつをサンディエゴの動物保護区に暮らす、
温厚なアルビノゴリラ・ジョージが浴びてしまい徐々に巨大化、狂暴化していく。
主人公の生物学者デイビス・オコイエ(どう見ても学者に見えない)は、
親友であるジョージを救おうと尽力するが、原因も分からないため手の施しようがない。
そこへ事態を聞きつけた遺伝子学者ケイトが現れ、ジョージを助けようとするが
狂暴化したジョージは檻を破って脱走。
直後に駆け付けた政府機関によってデイビス、ケイトともども捕らわれてしまう。
一方エナジー社を運営するワイデン姉弟は、自分たちだけが知る実験サンプルの特性を生かした
作戦によってジョージらサンプルを浴びた動物たちを呼び寄せようと画策していた。

実際に見てみた感想としては、僕はアベンジャーズ3の方が好きだった。
もちろん本作もつまらないわけではない。
しかし予告で出ているような巨大化ゴリラと人間ゴリラのタッグが見れるのは
映画の終盤も終盤で、それ以前の巨大化動物たちが都会へ乗り込んで大暴れするシーンも
開始45分くらい経ってからのことになる。
時間経過だけを言うと冗長に思われるかもしれないが、
(おそらく実際に冗長だった脚本を)巧みなカットによってテンポよく見せているのは
コメディ調の映画を多く撮って来たペイトン監督の上手さかもしれない。

有り余る筋肉知性で存在感たっぷりのドゥエイン・ジョンソンことロック様は
見ているだけで楽しいあたり、彼は全盛期のシュワルツェネッガーのような
立ち位置を築きつつあると言えよう。
その一方で主役を食う活躍を見せているのが、鉄条網を巻き付けたバットを使いそうな
ジェフリー・ディーン・モーガンで、しかも吹き替えでは若本さんがこれまたクセのある喋り方で
おいしいところを持っていく。
他には序盤に出てきていかにもロック様と対決しそうな傭兵が、
まったくいいところなく退場してしまうのもご愛敬。

難点は上記したように、ダブルゴリラタッグの活躍時間が短いことだ。
もし続編があれば、二人の息のあったコンビネーションバトルをもっと見たいところである。
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