落書き

ドラクエ11 カミュ主(女)小説


 これは絶対に明かしてはならない秘密だ。
 …少なくとも、相棒にだけは。

「好きなタイプ? …あー、特にねぇけど、俺より背が低い女がいいな」
 それとなく相棒に尋ねたところ、そう返されて、僕は「へえ、そうなんだ」と当たり障りのない返答をしながら、心の中に吹き荒れるマヒャドと戦っていた。
 ここは、旅の途中の休息所。女神像に見守られながら、仲間と一緒に焚火を囲んでいる。
 カミュの言葉にマルティナが「あら、残念ね」と悪戯っぽく笑い、彼はバツが悪そうに髪を掻いた。
「どうした? イレブン。腹が空いていないのか?」
 串焼きを食べる手を止めてしまった僕を見て、隣に座っているグレイグが首をかしげた。
「いえ、何でもないです」
 いつものように表情を変えずに答える。ポーカーフェイスは得意だった。
 ――何を隠そう、僕は女だ。
 ロウやマルティナは知っているが、そのほかの仲間は知らない。
 隠す理由はひとつ。僕が『勇者』だからだ。
 実際、男性として振る舞ったほうが都合のよいことが多い。
 認めたくはないが、女だと軽んじられるようなことも、男性だとすんなりと受け入れてもらえる。
 容姿に関しても問題ない。
 子どものころから剣技や馬術をたしなんだためか、男性並みに背が高く、肩幅もがっしりしている。
 もちろん、顔つきは女性のそれだが、中性的な顔つきの男性と言っても、差支えない。
 最初はとくに問題もなかった。
 苦楽を共にする仲間たちと出会い、風呂やトイレ等に多少の不便を感じるようにはなったが、ロウやマルティナの助けもあって、何とか隠し通せている。
 問題が起きたのは僕の心の変化だった。
 そう、相棒に恋をしてしまったのだ。
「僕、少し風にあたってくるよ」
 モヤモヤした気分を晴らしたくて、串焼きを置いて立ち上がる。
「おい、イレブン。そこの草むらがちょうどいいぜ」
 それを見て、カミュが小声で暗い草むらを指さす。…トイレじゃないから!
「はは、そういうわけじゃなくて…。ちょっと考え事」
「ふーん…」
 カミュが少し驚いたように目を広げる。
 そんな表情もかっこいいなあとポーカーフェイスのまま思うと、僕は歩き出す。
「困ったなぁ…」
 眺めのよい丘を目指しながら呟く。
 群青色の空には蒼く染まった雲が流れ、半分だけ月を隠している。
「…それにしても、背の低い子か…。これって、僕が男装してなくても、フラれるパターンだよね」
 思わず遠い目をしてしまう。
「あら、そんなことないわよ」
「うわっ!!」
 突然、背後から声を掛けられ、僕は思いきり跳び上がった。
「マ、マルティナ…」
「イレブンでも驚くのね。あなた、あまり表情が変わらないから、新鮮だったわ」
 マルティナがクスッと笑う。色気があるのに可愛らしくもある。密かに憧れの女性だった。
「そりゃ、驚くよ。僕だって人間なんだから」
「ごめんなさい。それより、カミュの言葉を気にしているのなら、心配いらないわよ」
「そうかな…」
 二人で丘を目指しながら、言葉を交わす。夜風が髪を揺らすのが心地よい。
「あの手のタイプは好きになったら背丈なんて関係なくなるわ。もちろん、あなたのことを男だと思っていたら、話は別かもしれないけど」
「それが一番の問題かな」
 僕は相変わらずの無表情のまま言う。
「僕は彼に性別を明かそうとは思っていないから」
「どうして? ロウ様と私はあなたの意志を尊重しているけど、秘密にする理由は特にないと思うわ」
「気持ちの問題なんだ。女性だと認識されたら、僕は勇者であることに耐えられそうにない」
「……」
 風に揺れる髪を手で払いながら、僕は背後の景色を眺める。
「頼りすぎてしまうのが恐い。…もちろん、みんなを信じてないわけじゃないよ」
「…こういう時だけ笑うのね」
 微笑んだ僕を見て、マルティナが肩をすくめる。
「そういうのって、ずるいわ」
「ごめん。でも、姉さんならわかってくれると思って」
 あえて、姉さんと呼ぶ僕を見て、マルティナはさらに渋い顔になる。
「…だんだんカミュが不憫に思えてきたわね。彼、あなたのこと心配しているようだったわ」
「そうなの?」
 少しだけ胸が弾む。いったいどんな表情をしていたのだろうか、マルティナが微笑んだ。
「あら、可愛い。彼はきっとあなたのそういう表情を間近で見てるんでしょうね。少し焼けちゃうわ」
「……よくわからないけど、そんな事ないと思う」
 彼といる時の会話と言ったら、ロウほどではないにしろ、実に男っぽい。
 女性が思うような甘い会話など皆無に等しかった。
「…もう。鈍感というか、何というか…。ここで少し考えなさい。私は皆の元に帰るから、早めに戻ってくるのよ」
「ありがとう、大丈夫だよ」
 月を見上げながら、僕は微笑んだ。

 ※
 それから数日後、世界が崩壊した。
 何とか仲間たちと合流した僕らは、クレイモランでカミュの過去を知った。
 彼の憂いを解決した僕にカミュは最大限の感謝をのべ、相棒としての絆を強くした。
 それがとても嬉しい。嬉しいはずなのに…彼の目をしっかりと見れない自分に気づいて、愕然とした。
「イレブン!!」
 カミュの声にハッとする。
 気づいた時には左腕を鋭い爪で引き裂かれた。赤い血が迸るのが何だか他人事のように感じる。
「この!!!」
 反撃を試みる前にカミュの手によってモンスターが倒れる。
 彼は荒い息をつきながら、僕を睨んだ。
「ぼけっとしてるな! おい、セーニャ!」
「はいっ! ベホマ!!」
 流れる血がたちまち止まる。魔法の偉大さを身に感じながら、僕は息をついた。
「ごめん、ありがとう」
「ほら」
 片手剣を鞘に納めたカミュが片手を僕に差し出す。
 僕はそれをやんわりと断って、立ち上がった。
「大丈夫だよ。カミュは面倒見がいいなあ。妹がいるからだね」
「……」
 カミュが腕を組みながら、怪訝そうに首をかしげる。
「おまえ、様子がおかしくねぇか?」
「命の大樹が落とされたからね。僕も勇者として焦ってるよ」
 それは本当の事だ。まるで、自分がしでかしたことのようにすら感じている。
 カミュは困ったように眉を寄せて、片手を広げた。
「おまえのせいじゃないさ」
「うん、ありがとう」
 僕は微笑む。それを見て、カミュが額を小突いた。
「いてっ!」
「無理すんな。見てて、いらっとする」
「ひどいなぁ」
 カミュに小突かれたところを撫でると、何だか急に涙が出てきた。
「ひどいなぁ…」
「お、おい、そんなに痛くしてねぇだろ?」
 今度はカミュが慌てだし、「ちょっと、こっち来い!」と僕の腕をひっぱる。
「二人ともどこに行くのぉ?」
「少し休憩だ! えーっと、イレブンが漏らしそうだから、待ってろ!」
 とんでもない理由を叫ぶ。シルビアが「きゃー、大変!」と大げさに驚いている声が聞こえる。
 もう何がなにやらだ。
 ガサガサと茂みを掻き分け、少し開けた場所に辿りつく。
 カミュはようやく僕の腕を放して、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「…とっさに嘘ついちまった。わりぃ」
「悪いなんてものじゃないよ。どうしてくれるんだよ、恥かしすぎる」
 涙で濡れる頬が赤く火照る。カミュに情けない顔を見せたくなくて、片手で顔を隠した。
「急に泣き出すのが悪いんだろ」
 カミュは開き直ることに決めたのか、僕を睨み付けた。
「それで? 何か溜め込んでるんだろ?」
「別に何もないよ」
「嘘つけ。妹の嘘よりわかりやすいよ。ずっと一緒にいるんだ。お前の嘘くらい見抜けるって」
 自信満々に言われて、僕は少し意地悪な気持ちになってきた。
「見抜ける?」
「もちろん」
 カミュは僕に近づいてきて、肩をぽんと叩いた。
「だから、俺を頼れ。相棒だろ」
 その言葉に僕のなかの何かが切れる。ものすごく意地悪な気持ちになりながら、震える声で言った。
「なら、僕が女だって、見抜けた?」
 一瞬の間。
 カミュが大きく目を開く。ぽかんとした顔だ。
「……は?」
「見抜けるなんて、嘘じゃないか」
 僕はそれだけ言ってその場から逃げるように立ち去る。
 茂みを掻き分け、仲間のもとに戻る。
 ……心のなかに嵐が吹いてる。
 さきほどの比じゃないくらい、何か何だかわからない。
 止めどもなく流れる涙が塩辛い。
 ああ、明日からカミュにどう接したらいいのだろう。

 僕の気持ちとは裏腹に朝は来るものだ。
 一睡もできない夜は明け、焚火の前に集まった仲間たちの輪に自分も加わる。
「イレブン、目が赤いようだが、大丈夫か?」
 グレイグが僕の顔を見て眉をひそめた。
「大丈夫です。鍛冶の本を読んでいたら、朝方まで夢中になっただけですから」
「イレブンは勉強熱心だな。あまり根を詰めないようにな」
「はい」
 ロウについで年長だからだろう。グレイグはさりげなく仲間を気遣ってくれる。
 とはいえ、二人で旅をしていた頃は何を話したらよいのかわからなかったものだ。
 ふと、顔をあげると、カミュと目があった。
 彼はハッとしたように瞬きすると、顔を背ける。
 その目の下に隈があることから、昨日の告白は彼を十分に動揺させたらしい。
 そのことに暗い喜びを感じながらも、今後の事を考えると、ため息がもれる。
(頭を切り替えないと…。カミュに女だと知れたことは良かったのかもしれない。後は彼が選択することだ)
 女性の相棒。
 それを受入れてくれるのなら、僕もひとつだけ肩の荷がおりる。
(…そんなふうに思うなんて、僕も疲れてるのかな)
 見上げる空はいつも暗い。マルティナと一緒に見た美しい夜空はもうない。


「ちょっと話がある」
 それから数日後。
 夕食を終えて少しして、カミュが僕に声をかけてきた。
 彼と話をするのも久しぶりだ。
 グレイグと一緒に剣の稽古をしていた僕は、その手を止めて微笑んだ。
「うん、どこで話す?」
「…あー、少し歩かないか」
「わかった。…グレイグ、稽古をつけてくれてありがとうございます」
「ああ、また時間がある時にしよう」
 グレイグが生真面目に頷く。
 そんな彼に片手をふってから、カミュの後を追いかける。
「それで、話って?」
「…もう少し歩きたい」
 焚火のあかりが届かない場所まで来てそう促したが、カミュはかるく頭をふって、そう答えた。
 無言の時間が過ぎていく。
 しばらく歩いたものの、いっこうに彼が話しださないので、僕は足を止めた。
「話すことがないのなら、帰るよ」
「…どうして、黙ってたんだ?」
 カミュがそう尋ねた。暗い森の中、彼の眼だけが光っているように思える。
「勇者だからだよ。そのほうが都合がいいんだ。別に騙そうと思ったわけじゃない」
「俺には話してもよかっただろ」
「…カミュは僕を男だって思い込んでいたし、女性の相棒だとわかると、色々難しいだろ」
「色々って何だよ」
 怒った声のカミュに僕は冷静に言う。
「女性関係の話だとか、歓楽街の話だとか、下品な話だとか…」
「も、もういい! わかった」
「うん、わかってくれて嬉しいよ。女だと知られて僕も動揺したけど、そういう話についてゆけなかったのも事実だし、ちょうどよかった」
「…わりぃ」
 カミュはすまなそうに肩を落とした。
「気にしなくていいよ。知らなかっただけなんだから。それに、カミュは他の男よりまだマシだと思う」
「どういうことだ?」
「闘技場で出会った人達と飲んだ時なんて、全会話に伏字を入れないと成立しないくらいだったもの」
「おまえ、女だって隠してるとはいえ、少しは危ないと思えよ」
 カミュが身を乗り出して怒る。それがおかしくて僕はクスクス笑った。
「今度からはそうするよ。相棒が守ってくれるんだろ?」
「…ああ! 当たり前だろ」
 相棒という言葉を出したからだろう。カミュの声が上擦る。
 言葉を交わさない期間、寂しかったのは僕も同じだ。相棒という言葉を自分から出すくらいには、彼との縁を絶ちたくないと思っている。
「うん…、ありがとう」
「あ、ああ。任せとけ」
 カミュがこぶしを握り締める。彼の笑顔に心臓が高鳴るが、自分を叱咤して、無表情を貫く。
「これからも、よろしく。カミュ」
「何だよ、他人行儀だな」
 僕が手を差し出すと、彼は悪態をつきながらもそれに応じる。
 僕たちの新しい『相棒』のかたちの始まりだった。


「くじらの背に乗れるなんて、思ってもみなかったな」
 それからしばらくして、僕らは勇者の峰で空飛ぶクジラを手に入れた。
 彼の上は快適とは言えなかったが、かなりの大きさがあるので少しふらついたくらいでは落下しないのだけが救いだ。
 カミュはクジラの上で寝転びながら暗い空を見上げた。
「そうだね」
「ベロニカがいたら、喜んだだろうな…」
 セーニャの短くなった髪が風に揺れている。
 カミュの視線を追いかけて、僕は頷いた。
「はやく決着をつけよう」
「……だな」
 大切な仲間を失い、僕たちはここまで来た。彼女の願いに報いるためにも、魔王を倒さねばならないのだ。
「言っとくけど、俺たちも一緒だからな。一人で頑張ろうとするなよ」
 決意を固める僕の顔に何を感じたのか、カミュが呆れたようにつぶやいた。
 僕は何だか胸がいっぱいになる想いがして、彼の髪をそっと撫でる。
「うん、ありがとう」
「……」
「…カミュ?」
 彼の視線が痛い。唖然としているというか、固まっているというか。
「ああ、そっか。髪を撫でられるのが嫌だったのか。いつも時間をかけてセットしてるもんね」
「そうじゃねぇ」
 カミュが呆れたように肩をすくめる。
「はぁ…こういう時、確かに困るよな…」
「何が?」
「無駄に心臓に悪いんだよ。見た目が男っぽいのが救いか…」
 どうやら、僕にときめいたらしい。それは嬉しいのだが、完全にアウトオブ眼中の言い草にカチンとくる。
「僕はカミュの好きなタイプとは違うみたいだしね。可愛い女の子が好きなんだろう?」
「はぁ? 何だよ、急に」
「僕だって女なんだから、そういう言い方は失礼だ」
「そりゃ…えーと、悪かったよ」
 カミュはようやく僕の怒りの原因に気づいたのか、複雑な表情のまま、謝罪をした。
「そういやあ、おまえの好みのタイプってどんな感じなんだ?」
「え?」
「聞いたことなかったからさ。言ってみろよ」
 そう言われましても、目の前にいるんだけどな。
 ただ、何かしら言わないといけない雰囲気だ。それに、僕が彼を好きだという事実を隠すことができるかもしれない。
「そうだね…。やっぱり強い男の人かな」
「ふーん…? おまえよりも強いとなると、グレイグしかいねぇぞ」
「えっ!」
 確かにそうだ。思わず、かあっと顔が赤くなっていく。
 カミュは黙ったままその様子をを見ていたが、上半身を起こして、頭を掻いた。
「ま、どーでもいいか」
「う、うん! どうでもいい話だよっ」
 僕は元気よく頷き、立ち上がった。
「それより、そろそろ神の里につくみたいだ。下りる準備をしよう」
「そうだな。……」
 カミュは立ち上がると腕組みをして黙り込んだ。幸か不幸か、僕はその様子にまったく気づいてなかったのだ。


 天空の古戦場。その場所は岩だらけのひどく寒々しい場所だった。
「二手に分かれよう」
 オリハルコンを求めてやってきたが、枝道ばかりが多く、探索は難航した。
 数時間探し回った頃、カミュがそう言いだした。
「う~ん、気持ちはわかるけど、危険じゃないの?」
 シルビアの言葉に僕も頷く。
「だが、確かに分かれたほうが効率的だな」
 グレイグはカミュの提案に乗り気のようだ。
「この人数で固まって動く必要もないだろう」
「そういうこった。イレブン、グレイグ、俺、ロウ。マルティナ、シルビア、セーニャで分かれるのはどうだ?」
「ふむ、その組み合わせの意図はなんじゃ?」
 ロウの言葉にカミュが手を広げる。
「イレブンとグレイグは中回復が使えるから、セーニャをつけるより、ロウだ。グレイグとマルティナは火力が高いから分けたほうがいい。
 シルビアと俺がバランス型という感じだけど、シルビアは回復もできるから、人の少ないほうにつけたほうがいい」
「案外、分を分かっておるのじゃな」
 ロウが感心したように言った。
「嬉しくねぇけどな。まあ、俺だって弱くないし、場合によっちゃ強い。ただ、強化が前提だから、どうしてもな」
 カミュが苦い顔で言う。彼が自分の事をそんなふうに思っていたのは意外だった。
「あらぁ、それなら、カミュちゃんは私たちのほうに来たほうがいいんじゃないの? そのほうが火力も安定するわよ」
「確かにそうね。そうしないのはなぜ?」
「……」
 シルビアとマルティナに問われて、カミュは言葉に詰まったように視線をそらした。
「でも、僕もカミュが一緒にいてくれたほうがいいな」
「……は?」
 助け船のつもりで僕が言うと、なぜか、カミュのほうが驚いている。
「あら、ど~して、勇者ちゃん」
「だって、カミュがいれば欲しいアイテムを盗んでくれるだろう」
「勇者様はアイテム拾いがお好きですからね」
 セーニャが聖母のような微笑みを浮かべる。他の仲間は日ごろの行いを思い出してか、遠い目をした。
「…はあ、わかったわ。その組み合わせで分けましょう」
 マルティナがため息をこぼしながらそう言った。
「いい、カミュ。ちゃんとイレブンを守るのよ」
「わかってるって。…お前らも気を付けろよ」
 それからしばらくして、一行は二手に分かれた。


「…イレブンは鉱石採掘もお手の物だな」
 道中見つけた鉱石を採掘する僕を見て、グレイグが感心したように言った。
「そうですか? グレイグさんもやってみます?」
「いいのか? では…」
 カーンという音と共に鉱石がこぼれ落ちる。
「すごい…。一発で五つも採れました」
「だが、あまり綺麗な形ではないな」
 布袋に入れながら、グレイグが納得していない顔で言う。
「打ち方にもコツがいるんです。ええと、ちょっと腕を貸してください」
 グレイグの腕を掴んで、つるはしの構え方を教える。
「ふむ…こうか?」
「そうです、やっぱりグレイグさんは呑み込みが早いですね」
 カーンと一鳴りして、さきほどよりも形の良い鉱石が落ちる。
「イレブンの教え方が上手いのだろう。ん? 頬に砂がついているぞ」
 グレイグが手袋をとって、僕の頬を拭う。ガサガサした指先が正直痛かったが、手を払うのも躊躇われた。
「落ちないな…。後で顔を洗ったほうがいい」
「そうですね」
「それにしても、イレブンは細身だな。腕など、俺の半分しかない」
「えっ、はは…そうですね」
「……少しいいか?」
 グレイグが断りを入れてから僕の腰を抱く。
「えっ…!」
「やはり軽いな…。それに…」
「おい、何してんだよ」
 カミュがグレイグの肩を掴む。
 ロウと一緒に隣の洞穴で鉱石を採っていたはずなのに、いつの間に戻って来たのだろう。
 真っ赤になった顔を見られたくなくて、僕は俯いて髪で隠す。
「ああ、戻って来たのか。オリハルコンはあったか?」
「なかった。ったく、おっさん、イレブンが困ってんだろ。放してやれよ」
 カミュが呆れたように息をつく。グレイグは「おお、すまん」と言って引寄せていた僕の身体を放した。
「…ありがとう、カミュ。すごくびっくりした」
「邪魔しちまったか?」
「えっ、いや、助かったよ」
 彼に誤解をされたくなくて、赤い顔のままカミュを見る。
 カミュは探るような目をしてから「なら、いいけどさ」とだけ言った。


 カミュはもしかして僕とグレイグをくっつけようとしているのではないか?
 そんな疑問が湧き上がったのは人食い火竜を倒した後だった。
 火傷を負ってしまった僕を宿屋に運ぶ際、彼はグレイグを名指しした。いつもなら、カミュが肩を貸してくれるのに。
「……嬉しくない気遣いだ」
 寝台に寝転びながら息をつく。
 じっとしていられなくて、窓から外を眺めようとした時、人影に気が付いた。
 それはカミュとセーニャだった。
 酒場に続く長い階段を下りながら、二人は楽しそうに会話をしている。
 そういえば、カミュはセーニャにとても優しい。背丈は同じくらいだけど、いつも気にかけている。
 心臓がぎゅっと痛む。
 二人が特別な関係だなんて聞いたこともない。だから、不安がもたらす妄想だということはわかってる。
「…本当、男に生まれたかったなぁ」
 そうなれば、寄り添う二人の影を見ながら、手放しで喜んだだろう。
 相棒失格だ。
 そのままじっと二人を見つめていると、セーニャがこちらに気づいたようで、手をふってきた。
 一瞬、戸惑ったものの、手をふりかえす。
「女の嫉妬か…。僕もやっぱり女なんだよな」
 思わずそう呟いた時だ。
「やはり、イレブンは女性だったのか」
 その声に驚いて振り返る。
 そこにいたのはグレイグだった。手に持っている果実からして、お見舞いにきてくれたらしい。
「…えっと」
「隠さずともいい。身体を触った時に女性だと直感したからな」
 それはこの間の採掘の時だろうか。
 僕が固まっていると、グレイグは持っていた果実をテーブルに置いて、苦笑した。
「女性の部屋に無断で入ってしまったな」
「えっ、あの…いや、大丈夫です。その…黙っていてごめんなさい」
「この事を知っているのは?」
「ロウとマルティナ、それにカミュです」
「なるほどな。黙っていたほうがいいのか?」
 グレイグは静かな口調で問う。正直、わからなくなっていた。すでに仲間の半分に知られている以上、隠し続けるのもおかしな気がしたのだ。
「…わかりません。最初は僕の気持ちが揺らぐから黙っていました。だけど、このまま隠し続けるのは、仲間に申し訳ない気がしています」
「どうするのかは、イレブン次第だ」
 グレイグは壁に背をつけて腕組みをした。
「正直、お前が男か女かなどは、今までの功績に傷をつけるものじゃない。むしろ、女の身でよくやったと、俺は思っているくらいだ」
「…グレイグさん」
「気づく者は気づいてるだろう。シルビアは気づいているんじゃないのか?」
「女の勘ってやつですか」
「……それには同意しかねるがな」
 グレイグはこめかみを揉みながら続ける。
「無理におおやけにすることはない。そもそも、自分から男だと名乗ったわけではないのだろう?」
「そういえば…」
「だったら、誤解したほうにも非がある」
「そういう考え方もありますね…」
「どちらにせよ、イレブンの気持ちが固まらねば、意味がないだろう」
 なるほどと唸った僕を見て、グレイグは苦笑した。僕はグレイグの優しさに感謝しながら微笑む。
「ありがとうございます」
「礼を言われるまでもない。それでは、俺は行く。年頃の女性の部屋に長居をするものではないからな」
 しっかり女扱いをしてくれるグレイグに戸惑いながらも、僕は深々と頭を下げた。


「グレイグさん!」
 グレイグの男っぷりを見せつけられ、その日から僕はすっかりグレイグ信者となった。
 何だか大きなお兄さんを得たような喜びだ。その変化にわかりやすく戸惑うグレイグが楽しい。
 一緒に剣の訓練をしたり、鍛冶をしたりと、僕はグレイグにべったりだった。
「ねえ、カミュ。グレイグさんと一緒に作ったんだ。きっと似合うよ」
「……」
 彼に出来たての装備を渡すと、なぜか、ものすごい嫌そうな顔をされる。
 僕は一人でいるカミュの隣に腰を掛けると、彼を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「どうしたはこっちのセリフだ」
 カミュは遠くにいるグレイグを睨み付けた後、ひどく言いにくそうに呟いた。
「お前…あのおっさんとヤッちまったのか」
「……はい?」
「ホムラの里で密会してたんだろ。お前の部屋からおっさんが出ていくのを見た」
「……」
「おっさんに女だってバレたんだろ。明らかに女扱いしだしてるしさ。お前もまんざらじゃねぇはずだし、その…そのまま男と女になっち…」
 その言葉が終わらぬうちに僕はカミュを殴り飛ばしていた。
「な、何すんだよ!」
「カミュなんて、大嫌いだっ!!」
 僕はもう一発カミュを蹴飛ばすと、もんどりうって倒れる彼をそのままにして、その場を立ち去った。


 やっぱり男女の相棒は無理だったのだ。
 僕はそう確信した。
 お互いに好きな人がいるならまだしも、僕のように相棒を好きになった場合、それはいばらの道である。
 カミュが僕のことを好きになってくれれば、と考えたが、それが恋に浮いた自分の甘い妄想だということはわかる。
 ヒノノギ山を無言で登りながら、僕は自分に言い聞かせた。
「イレブン様、その…カミュ様と喧嘩をされたのですか?」
 セーニャが串焼きをがむしゃらに食べる僕を見て、そっと尋ねてきた。
 あの件以降、僕はカミュが視界に入らないように生きている。
 傍から見たら、喧嘩をしているように見えるだろう。
「そんなことないよ。ただ、僕も色々考えるところがあってさ」
「考えるところ…ですか?」
「うん…。気持ちの整理がしたくてね」
「それは、イレブン様が女性ということと関係があるのですか?」
 突然の言葉に息を吸うのも忘れる。
 セーニャは聖母のように微笑んだ。
「お姉さまも気づいておられました。ですが、イレブン様が話すまではと我慢しておりました」
 ぽろりと串焼きが手から落ちる。セーニャは竪琴を取りだすと、ゆっくりと音色を奏でた。
「男女では魔力の色が違うのです。もちろん、私たちくらい魔力の強い者でないと見えませんわ」
「黙っていて、ごめん」
「謝る必要なんてありません。でも、カミュ様とは仲直りしてください」
「喧嘩はしていないよ」
「イレブン様が拒絶しているのが魔力を通してわかります。とても辛いんです」
「…そっか」
 セーニャに微笑みかけると、彼女は優しい目をして言った。
「イレブン様、自分と向かい合うことはとても勇気がいることです。ですが、その先にしか掴めないものもあるはずですわ」
「ありがとう。セーニャ、あの曲を弾いてくれないか? ベロニカにも応援してもらいたいんだ」
 僕がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑ってから、竪琴をかき鳴らした。
 遠い遠い空。懐かしい音色と共に二人の姉妹と見た空が眼に蘇った。

「カミュ、ちょっと顔を貸してくれ」
 ヒノノギ山の深部まで来た時、僕はカミュにそう囁いた。
 焚火の準備をしていた彼はかるく息をついて、セーニャに固形燃料を渡して、僕についてくる。
 こんなこと、以前もあった。あの時とは立場が反対だったけど。
「…どこまで行くんだよ」
 カミュが素っ気ない声で言った。
 僕は立ち止まって彼を見た。いや、正確には見れなかった。
 さんざん、無視してしまったせいか、彼の表情を見るのが恐かった。
「うん、ここで話すよ」
「……」
 彼が僕に向き合ったのがわかる。
「この間は殴ってごめん」
「べつにいーよ。俺も言い過ぎだったしな」
 その言葉にホッとする。だが、ここからが本番だった。
「それでさ、色々考えたんだ」
「…いろいろ?」
「このままじゃいけないなってさ」
 片手を摩りながら、僕は言葉を続ける。
「僕はカミュを相棒というふうに見れないんだ」
「……」
「僕は…その…カミュのことが好きなんだ。その…異性として」
 僕はとうとう顔をあげていられなくなって、足元を眺めながら続けた。
「だから、相棒にはなれない。ごめん」
「なんだ、そんな話か」
 カミュが笑い出したので、僕は羞恥に顔を赤くしてこぶしを握る。
「そんな話で悪かったな。話はそれだけだ」
「笑って悪かった。怒るなって」
 いつの間にか至近距離にカミュがいた。
 僕はびっくりして伸ばされた手を払った。
「うおっ、何だよ」
「それはこっちのセリフだろう。話は終わったんだから、行っていいよ」
「お前なぁ……返事もきかないのか?」
 返事? 何の事だろう。
 僕が首を傾げると、カミュは「まじかよ…」と呟いて、僕の鼻をついた。
「ふがっ…」
「告白の返事に決まってんだろ、勇者様」
「こくはく…」
「お前、俺のことが好きなんだろ」
 ハッキリ言われて、僕の頬は真っ赤になる。カミュは驚いたように目を見張ったあと、楽しそうに笑った。
「おもしれぇ…。いつもの無表情が嘘みたいだな」
「カミュなんてきら…」
「おっと、言わせねぇぜ」
 カミュは顔を近づけると口を塞ぐ。自分の口で。
「………」
 何だかくちびるに柔らかいものが当たってる。何か言おうとして口を開くと、ぬめっとしたものが割り込んでくる。
 それが舌だとわかったとたん、僕はもう逃げたくて仕方なくてもがいたが、がっちりと頭を押さえられて逃げることができない。
「っ……ふ……」
 どれくらいそうしていただろう。酸欠で涙が出てくるわ、涎が顎を流れるわで、ひどい顔になったころ、カミュが僕を放した。
「ごちそうさん。良い顔してるじゃねぇか、勇者様」
「し、信じられない」
 ふらつきながら洞穴の壁に手をつく。
「何の嫌がらせだよ!」
「はぁ?」
 カミュが眉をしかめる。
「好きな女にキスしただけだろ」
「……へえ、そうなんだ……。ん? 好き?」
 混乱した頭にその言葉が浸透していく。カミュは完全にフリーズした僕に近寄って耳元で囁いた。
「もう一回してほしいのか?」
「いや、心臓がもたないので!」
 僕の方が背丈が高いはずなのに完全に小動物のような状態である。
 カミュは腹を抱えながら笑い出した。
「あー、面白れぇ。こんなことなら、さっさと告白してりゃあよかったな」
「面白くない!」
「何だよ、ひとをさんざん無視しておいて」
 痛いところを突かれて、僕は黙り込むしかなかった。カミュは反省している僕を見て、長いため息をついた。
「…相棒に逃げてたのは俺のほうかもな。正直、グレイグとヤッたんじゃないかって思った時は、腹が煮えくり返ってた」
「だから、してないって」
「わかってるよ…」
 カミュは僕の胸に額をつけて呟いた。
「だけど、もし、お前に恋人が出来ても、俺は相棒でいたかった。バカだよな。懐の深さを見せたかっただけさ」
「…カミュ、大好き」
 思わずぽろっと言ってしまって、僕は大変慌てた。カミュは照れた顔になってそっぽを向いた。
「……そうかい」
 キスした時は照れなかったのに、なぜ、ここで照れるのか。それがわからない。
 ともかく、僕らは恋人に進化したのだ。
 この後、つくる『勇者の剣』の出来は言うまでもないだろう。

 長い長い、相棒から恋人への変化のお話。
 たぶん、この先、何があったとしても、その絆は失われたりはしないだろう。

ツイッターでUPしたイラスト保管

名称未設定9七夕企画名称未設定5名称未設定1

ツイッターにあげたイラストの保管

ツイッターにあげた絵の保管~。名称未設定5名称未設定3名称未設定1名称未設定

白黒画像

【ツイッターにあげた白黒イラスト】

ツイッターで白黒イラストをUPしているのですが、
そちらを見れない方用にこちらにも展示しておきます。

エドワード、テスラ、老王、ドラゴン。消したのもあるので、
ツイッターが見れる方はそちらでご確認ください。

名称未設定3









雷電










名称未設定4









名称未設定6

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