トビラが開き、プカプカと浮きながらナイフが入ってくる。
 細長い刃と黒い樹脂の柄だけの飾り気のないペティナイフだ。
 ナイフは、室内の全員の視線を受けながら、ゆっくりと一直線に進んでゆく。
 課長の机の前でとまった。
 ナイフが課長の眼前に突きつけられる。
 課長が『なんのイタズラだ』と言う目で周りの人間を睨みつける。
 ふいにナイフが素早く動きだし、
 ――トスンッ
 と、課長の胸に刺さった。
 全員、何が起きたのかわからず呆気にとられる。
 課長もしばらく何が起こったかわからない様子だったが、自分の胸に突き立ったナイフとシャツにしみ出る赤いものを見て、自身の最後とも言うべき自体をようやく理解できたようだ。
 途端に顔面を叩きつけるように机に倒れこんだ。
 それにセキを切ったかのように、室内は阿鼻叫喚に包まれた。
 その話を、部屋にいた十人の社員全員が証言をする。
 が、捜査を担当する刑事は信じようとはしなかった。
 課長が評判の良い人物でないことから考えて、『十人の中の一人が犯人で、残り九人がかばっている』、と刑事はハナからそう決めてかかっているのだ。
 証拠隠滅の恐れがあるとし、全員が被疑者として逮捕勾留された。
 刑事とその同僚数人に囲まれて、個室で個別に『お話』をすることとなる。
 軟禁状態での、権威をカサにきた、陰湿で、執拗で、一方的な『お話』が数日にも渡っておこなわれる。
 そのうちに心身ともに打たれ強くない契約社員のひとりが、やってもいない殺人事件の告白を始める。
 残りの九人は、『あいつが犯人だ』という刑事作の素晴らしい台本の劇をさせられることになった。
 まもなく、犯人役の一人を除く全員が開放される。
 何一つ言葉をかわすこともなく、各々が疲れ切った表情でその場を後にした。
 そうした事の顛末を知ったナイフは憤る。
「自分の『手柄』を横取りされてしまった」と。
 今回の達成感を胸に、しばらくはおとなしくしているつもりでいたが、こうなってしまうと黙ってはいられない。
 ナイフは、そう簡単に犯人の座を明け渡すつもりはなかった。
 自分を閉じ込めている箱を切り開くと、証拠品保管室から抜け出す。
 階段を登り、廊下を進み、玄関をすり抜け、建物の外へと出る。
 なんの計画もない脱出だったが、ダレに見咎められることもなかった。
 ナイフはプカプカと浮きながら、偽物の犯人のもとに向かってゆく。