真夜中、スーパーの敷地内にある公衆トイレで、いままさに、殺人が起きようとしている。
 男女が言い争いをしながらトイレにはいってきたかと思うと、口論がヒートアップした末、つかみ合いの喧嘩となり、男がついに刃物を出してしまったのだ。
 その様子を、ボクは個室に隠れて見守っている。
 そして、当のふたりは気づいていないが、トイレの入口からも見物している犬がいた。
 ハラハラと落ち着かない様子で顔を出したり隠れたりを繰り返している。
「きゃっ!」
 声を上げて女がトイレの床に押し倒され、それに男が馬乗りになってナイフを振り上げる。
 犬が、
『とめろよ』
 そう言わんばかりの目配せをしてくる。
『お前がとめろ』
 ボクがそんな視線を返すと、犬は目を閉じ顔を背けた。
 そうしたあいだに、男のナイフが振り下ろされる。
 女は激しくもがき、すんでのところでナイフをかわすことが出来た。
 それにより男がわずかに前のめりになった――同時に女がブリッジの要領で下から腰を突き上げると、男は完全にバランスを失い体勢を崩した。
 ナイフが男の手を離れて床を滑る。
 男がそちらに気を取られたうちに、男を押しのけて女が上体を起こす。
 押しのけてそのまま立ち上がろうとしたが、男が女の胴体を両足で挟みそれを阻んだ。
 その結果、ふたりの体勢の上下が入れ替わる。
 先ほどまでとは違って、襲われていた女が上で、馬乗りになっていた男が下になった。
 しかし、胴体を両足で挟まれている状態は、女の不利に変わりはない。
 それに気づかず、女は男の顔に拳を振り下ろす。
 男は挟んだ女の胴体を揺り動かし、女の攻撃は男に届かなかった。
 女が顔面を狙い拳を振るうが、先程同様にそらされ続けて一向に当たらない。
 ボディーへの攻撃へ切り替えるが、それも決定的なダメージを与えることは出来ない。
 女に疲れが見えたとき、女の拳をそらすと同時に、男が上体を起こして抱きつく――そう思えた瞬間、いつのまにか、男は女の背後に回り込んでいた。
 男は首に腕をするりと巻きつけてチョークスリーパーを極めていた。
 女がもがき、爪を立てるが、男は意に介さず締め続ける。
 ――女が落ちる。
 そう思ったとき、
 カーンッ!
 外から甲高い金属音がひびく。
 それによって、なぜか男は腕を解き、女から距離をとった。
 見ると、入り口の犬が自転車のベルを咥えている。
 さきほどの金属音、あれは……ゴングの音だ。
 少なくともふたりはそう解釈したのだ。
 犬が機転を利かせ、その機転が見事に成功した。
 男は、トイレの一角へと移動する。
 女は、セキをしながら悶ていたがそのうちに男とは反対の角へと移動する。
 犬が『お前の番だぞ』という視線でボクを見ている。
 ボクは『セコンド・アウト』のホイッスルを準備する。