退職しました専業同人で1000万円を目指します、アクツクMVに人生賭けます!

自由をもとめ専業同人になった人間のリアルな日々・・・ 大体毎日夜9時更新

会社を辞めて、専業同人に挑戦しています。勤め人時代には感じてなかった希望と不安の日々。これから専業を目指したい人や、今頑張っている人にリアルな日々を発信してゆきます。

人生の意味

こんばんは、七草堂ひろきちです。
みなさん、今週は3連休ですよ!

仕事の事を一切忘れて、羽根を伸ばす。これは労働者の権利です。
みなさん、悔いのない3連休を楽しみましょう。

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さて、僕の方はといいますと、
7月1日から無・・いや、専業同人を始めて4か月経過したということになります。

正直内心、穏やかではありませんね~。ゲームは「現在調整中」ということですね。
ゲーム本編は基本的に終わったので、演出や調整、アイテムの追加などですね。
まだ完成までは遠く感じます。

そして、この間、当然僕は無収入・・・。一家を支えねばならないハズの僕が。
この状況に不安を感じて夜中に目が覚めたりします。
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しかし、その不安を押し殺して寝ないと、体をダメにしてしまうので、
気付かないふりをすることで眠ることができます。

ちなみに、酒は一切やめました。
かつては「たしなむ程度」の350缶程度だったのですが、それでも、
飲むと眠くなって無意味に眠ってしまう時間が惜しすぎるのです。

仕事場では、朝9時~4時までの約6時間の作業をして、
自宅に帰ると、大体夜中の12時まで作業しています。

勿論、基本的に土日も関係ありません。
こうして日々、作業ばかりをずっと続けていると、僕は思うのです。
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「あぁ、これほど幸せな日々を過ごせるなんて・・・」と。

僕は、底辺工場に居るときに休日を同じように作業しながら最高だと思っていました。
「しかし、これは仕事が嫌でそう思っているだけで、
   好きな事を仕事にしたら嫌になるのではないか?
」と。

しかし、そんな事はまったくありませんでした。
僕は仕事自体は嫌いじゃなかったのだと思います。
体が動けば24時間でも働きたい仕事大好き人間だったのです

この4か月。僕にとっては圧倒的な作業時間をこなしていると思います。
手が遅いのは自覚しています。しかし、時折思うのです。

「いまの状況で4か月全力でも完成しないこの、
幽鬼ちゃんは、もし、仕事を辞めてなかったら完成してただろうか?」
と。
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いや、完成はしてたと思います。いつだって僕は完成させるつもりでした。
ただし、恐るべき年月が経過してしまうことでしょう。

繰り返しですが、ほぼ4か月間丸々制作に充てても終わらない作品ですよ?
会社にいたら年間休日丸ごと位ですし、会社員なら体を休める日も必要です。
夜勤明けが休みなら、その日は眠らねばなりません。
結果が努力に比例することはありませんが。

僕は無宗教です。しかし、神様を強く信じております。
保証の無い自分の道に身を投げたという事は、
口先だけではなく神様に身をゆだねたのと同じだと思っています。
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思えば、ほとんどが運なのです。
自分で生きているつもりでも、所詮は運と言う大海の揺れる一人乗りの手漕ぎボートなのです。
成功者が「これは俺の実力だ」と思っても90%は運です。

人力のボートで漕ぐ力がちょっと強いと錯覚しているだけです。
風向きが変われば、人間の手でかなうものではありません。

かつて「マネーの虎」という番組で「成功は実力だ!」と吠えてた成功者は、
多くが、偉そうな時代とは違った謙虚にならざるを得ない末路をたどっています。

「会社員は安全だ」それも運なのです。俺の実力で成功してると思い込む社長と同じです。
ただ運要素が「薄まっているから安全だと思い込んでいる」に過ぎません。

運を左右する者が神様なら、どんな成功も安全も、大海の木の葉と同じだと思います。

神様が、苦難を与える必要があると思えばどんな地位からでも転落するし、
神様が、もう十分勉強したろうと思えば、突然追い風が吹くのです。


そして、我々は、みんな自分以外に全身を任せて成長してきたのです。

「いや、運なんて関係ない!俺だけは実力だ」と思っているあなたは、
生まれたところが日本でなかったら、紛争地域だったらどうでしょうか。

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赤ん坊の時には、どうでしたか?貴方の実力でやってきたのですか?
人に運に完全に全身を身をゆだねて運に守られ生きてきましたね。


同じ専業で同人をしている方に
「我々のいづれ行く末は、貧困とみじめな老後だ。いつまでも作品が支持されることはない。」と、
教えられました。確かに、例えば「同級生」など
当時大人気の作家の絵柄が果たして、何年人気作家を維持できていたでしょうか?
そう思えば、その予言はおそらく正しいものなのかなと思います。

しかし、人生の価値とはなんでしょうか?
安全に生きて、死ぬまで生きることでしょうか?

お墓の墓石を見ればわかるように、人の人生にはそれ自体意味などなく、
死んでしまったら、その人間が高学歴だったのか?イケメンだったのか?
高収入だったのか?偉い人だったのか?
これらは墓石にも書いてないし、実はそれにはなにも意味はありません。

だとすれば、人生の意味とは、
自分が悔いなく生きれて「いい人生だった」と思う事以外に何もない
と深く思っております。

僕も、「このまま会社員で歳を取って、老後にベッドで「あぁ、あの時挑戦してればよかった」と思うことだけは避けたい」と思うようになりました。
万端な準備と安全対策、そして、失敗しても良いという覚悟を持って僕は挑戦しています。

言うまでもありませんが、
神様任せというのは「最終的には」であって、最初から頼るつもりはありません。

今は「僕が人生を賭けても良いと思えるほどのやりたい物が見つかり、そこに取り組めている」という、
これのみに、ただただ、感謝だけをしています。
そして、この借りている一日一日を悔いなく燃やそうと思っています。

しかし、それでも願わくば、明るい未来が待っていますようにと祈らざるを得ません。
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いつも、当ブログを最後まで見ていただいてありがとうございます。

僕は兼業から専業に変わって、勤め人とは違う毎日に希望と不安を覚えながら頑張っています。これからも、僕のリアルな専業の日々で感じたことや、役立ちそうな情報を発信してゆこうと思います。

また、質問などもあれば僕の個人的見解でよろしければ、お答えできる範囲でお答えしたいと思います。

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こんばんは、七草堂ひろきちです。
今日は、人と比べて感じる幸せでは、真の幸せはつかめないというお話をしたいと思います。
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昨日の「お金が沢山あっても幸せになれない」という記事の延長に近い内容になります。


僕の地元に春日山城城跡があります。
子供とこないだ登ってきました。昔のみんなの憧れの暮らしをした「お殿様」がいたわけですね。

どんどん上に行き、「天守閣跡」という場所にきて、その狭さに子供が口を開きました
「こんな狭いところで暮らしてたの?」

かつて、誰もが憧れたお殿様の生活は、当然ですが、冷房もなく、アイスクリームも食べれません

言ってはなんですが、
「今の一人暮らしの派遣労働の若者のアパートの方が豊かな暮らし」をしているハズです。
当時、みんなが夢見た「誰よりも良い暮らし」なんていうのはその程度だったのです。

つまり「本当に良い生活」ではなく、「みんなと比べて良い生活」だったというだけの話なのです。
今の子供が見れば、呆れるほど羨ましくないでしょう。

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今のは、解りやすい例えとして出しましたが、
結局、いまの現代でも「相対的な幸せ」なんていうのはその程度なのです。
「相対的」というのは、つまりメインは「金」と「物」です。

これらは、いっぱい持っていればいるほど、まだ欲しくなります。
何故かというと、いっぱい持つと、自分より一段階多く持っている人の背中が見えてきます。

その人にライバル心を持ち、更に持つと、さらに一段多く持っている人がいます。
いつまでたっても、満足することはありません。上には上がどこまでもいます。

一番上まで行けたとしても、後で見ればしょせんあのお殿様のレベルでしかないのです。

さらに、人間は「ない状態」に耐えることはできますが、
「あったのに無くなる」状態には耐えられません。

物を欲しがれば欲しがるほど、もっと欲しくなり、
その欲が更に今度は「無くしたらどうしよう」という恐れを膨らませます。

これでは、いつまでたっても、真の幸せにはなれません。
前記事のお金を欲しがるゴーンのように、無限地獄が待っています。

しかし、自分が「誰かと比べたものでない、本当に自分の好きな物」を知り、目指すとき、
その地獄から無縁となることでしょう。
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「自分が本当に望む自分の好きな事、これが好きなんだということ」を見つけ、目指しましょう。

可能なら、その先にあるものが「誰か他人の為にもなる」ものであれば、更に良いと思います。


例えば、皆さんが、絵を描くのが好きとして「自分がそれが楽しい」と思い、そして、
他人がそれを見て喜ぶ場合、たとえその一瞬でも、日々の生活を一瞬でも忘れさせるならば、
人の役に立っているのです
。それはとても素晴らしい事だと僕は思います。

是非、誰かと比べなくとも、自分がこれが好きだというものを見つけ、
追い求めてほしいと思います。

いつも、当ブログを最後まで見ていただいてありがとうございます。

僕は兼業から専業に変わって、勤め人とは違う毎日に希望と不安を覚えながら頑張っています。これからも、僕のリアルな専業の日々で感じたことや、役立ちそうな情報を発信してゆこうと思います。
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