「はあ、はあ、はあ・・・」

夕食を早々に終え、鬼灯は一人誰もいない執務室に戻り、ドアを後ろ手で閉めた直後、床にへたりこんでしまった。

食堂でいつもの定食を頼んで席につき、食べ始めていると急に欲情が襲ってきたのだ。
食欲と性欲が平行する場合などなかなかない状態なので、これは確実になにかおかしいと鬼灯は苛立ちを高めたが、食べ進むにつれてどんどん体の熱は高まってゆく。
いつもは平らげる大盛定食も、半分と食せず戻し、鬼灯は食堂を後にした。
そして、廊下で獄卒とすれ違うたびに、体の中に官能の熱がたまってゆくのだ。それも男女問わず、視線を向けられただけでゾクゾクとしてしまう。

(一体なんです・・・?)

鬼灯はこれまで経験したことのない状況に困惑し、焦りを覚えていた。
原因の主である極楽満月の主人とは連絡がとれないし、自分の体がどうなってしまったのか漠然とした不安が鬼灯の心を侵食する。

(流されてはいけない、自分がしっかりすればこの程度の疼き、律せるはずだ・・・)

鬼灯は目を閉じて長い息を吐き、精神を統一させる。
すると、体中で燻っていた官能の火が鎮火してゆくのを感じた。

(これでようやく仕事に集中できる・・・)

鬼灯は誰も入ってこないように執務室に入り、机の上の書類の処理をおわらせようとした。しかし、できれば部屋にかぎを駆けたかったが、鬼灯の判子が欲しい書類を持った獄卒がやってくるたびに、鍵を開けに行くのは面倒だということでそこは解放しておいた。
先ほどのような事態にはならないだろう、と高をくくって鬼灯は処理を進めていたが、ドアをノックして新たな獄卒が入室してくる。

「鬼灯様、血の池地獄の決算の書類をお持ちしました」

そう言って真面目そうな獄卒が書類の束を片手に部屋に入る。

「お疲れ様です。机の上に置いておいてください」

無表情な声で鬼灯は俯き、一瞥もくれずに獄卒に言い放ち、獄卒も書類を執務机に積み上げてゆく。
しかし、一心不乱に書類をさばいている鬼灯は視線を感じた。
ふいに顔を上げると、その獄卒が鬼灯の姿をじっと眺めているのである。

「・・・私がどうかしましたか?」

すると獄卒は慌てて手を両手で振りながら言う。

「いえいえ!なんだか今日は、一段とお美しいなと思いまして!」

男にする賛辞か、と鬼灯は心の中で毒づきながら、獄卒の言葉に「そうですか」と冷たく言い放って再び書類に没頭する。
獄卒はそのまま部屋を去っていったが、部屋を閉められた直後、鬼灯は深く長い吐息をついた。

「はあ・・・あぁ・・・」

その声には明らかに官能の響きが織り込まれ、これまで抑えてきた熱を吐き出したのだと感じ取れた。

鬼灯は再び甘く疼く快楽が体を苛み始めるのを感じ、今度は集中できないほどに激しくなってきている。

(人に会うと、欲情してしまうのだろうか?)

そんな憶測を立てるが、鬼灯はそれは違う、とすぐさま否定した。
今日、これまで数十人との獄卒と接触したが、欲情する獄卒と欲情しない獄卒の二種類があるのだ。
欲情する獄卒の判別がつけば対処ができるものの、その条件がわからない。

「んっ・・・あの白豚・・・!」

鬼灯は着物が肌に擦れただけで感じてしまう身体を持て余しながら、桃源郷の風来坊に忌々しい感情を積み上げ続けた。