いよいよ始まりました夏の祭典コミックマーケット。初日の目ぼしい獲物はゲットされましたでしょうか。
さて、本日は大手M系同人サークル「エムサイズ」さんの新作『恋踏~コイブミ~』の発売日でもありました。
近年のエムサイズさん作品には必ずおならのシーンが含まれてましたし、この『恋踏』については予告段階で既にはっきりとプレイの中に放屁責めがあると明記されていましたので、Mな方はもちろんのこと、多くのオナラフェチの方にとっても待ちに待った作品だったのではないでしょうか。


登場ヒロインは二人で、まず筆頭は、冒頭から登場しいろんな意味でぐいぐい引き込まれる素晴らしいツカミを披露して下さる「平塚 早智子(ひらつか さちこ)」さん。いや早智子様。
主人公とは昔からの顔馴染み(イトコ)の、ほんのちょっと不思議ちゃん成分も入った明朗快活な女の子です。しかし彼女には、当人すらほとんどおぼろげにしか自覚していなかった、隠された本性が・・・・。
幼い頃に主人公をMの道に目覚めさせた張本人であり、持ち前の積極性と独特な物の考え方、そして天性のドSさと魔性のエロテクで、並み居る男どもを思うがまま存分に引きずり回していきます。
美脚には絶対の自信を持っており、足コキや電気按摩等、足を駆使したいたぶりや責めが非常に多く、彼女の繰り出すワザは八割がた足技で占められています。
もう一つの特徴的なプレイは射精管理・・・さらに言うなら精神面までをも含めた完全支配で、ちゃんと意地もプライドも普通に備えていた男たちが、早智子様恋しさで日々性欲は募っていくのにイかせてもらえず狂いそうなくらい悶々として輾転反側し、最後にはよろこんで奴隷に堕ちていく様が丹念に描写されます。

早智子様についてはもう一つ・・・足だけじゃなくて、お尻もスゴいんです。
寝そべって足をマッサージさせつつ、巧妙に男の劣情を煽り立てて翻弄するという調教シーンがあるのですが、ここのお尻の大きさ、美味しそうさ加減が尋常ではなく、これでは男が狂ってしまってもおかしくないという説得力あるシーンとなっています。
顔面騎乗から肛門のニオイを嗅がせたり舐めさせたりする場面のお尻もこれまた大迫力。
彼女のような存在を、悪女とか魔女と呼ぶ人もいるかも知れません。しかし、一度その魅力の虜となったマゾにとってはまさに女神に等しい。そういう女性なのです。

そしてもう一人のヒロインは、可憐な後輩「伊東 野枝(いとう のえ)」さん。いや、野枝様。
主人公の所属する陸上部でマネージャーをしている女の子です。
最初の内はかなり気弱でおとなしい、主人公にリードされっぱなしな印象の彼女ですが、様々な体験を通して、眠っていたSっ気を徐々に開放していきます。
野枝様ルートはさらに「足コキ・連続絶頂・赤ちゃんプレイ・スパンキング・カンチョー」等が主体のソフトSM(?)ルートと、「罵倒・打撃・緊縛・野外羞恥・複数人プレイ」等が主体のハードSM(?)ルートの二通りに分かれるのですが、おなら責めは、このハードSMルートの最後の最後に登場します。
特筆すべきはその時の状況で、そう命令された主人公たちが自分で自分のペニスを扱き、さらにセルフ前立腺刺激までさせられている最中。また、野枝様たちのおしっこがめいっぱい注がれているため、口では息ができません。
そこへ、生の肛門で彼らの鼻先を咥え込んだ状態での、逃げ場無しのゼロ距離ガス拷問です。
臭さの増していくおならを何発も嗅がされ、男たちはトドメの一発と同時に悲鳴を上げながら大量射精!
野枝様だけでなく早智子様も一緒におなら責めをしてくれますので、予告ページを見て、早智子様にもおならが欲しい!と思っていた方も安心ですね。

また、野枝様といえば・・・おっぱいがたまりません。
制服時にはほとんど体型が目立たなかったのに普段着の時会ったらとんでもなく肉感的だった事が判明するという、変則的な着やせタイプというのもポイントが高いと思います。
少し恥じらいながらベッドに横たわる野枝様。服は着ているのですが、白く柔らかな乳房が濡れた布地を通して乳首まで透けて見えており・・・それがまた、思わず目が吸い付けられてしまうような、もはや悪魔的とも言える魅惑の美巨乳!
後々、快楽を武器に男を従えるカリスマに変貌していく野枝様の、この初期の頃のうぶな反応・・・おっぱいを揉まれ吸われて、普通の女の子としてハァハァ喘ぎ悶える野枝様もまた最高に可愛いらしく、これはこれで大好きなシーンです。
回想で後半のシーンと交互に見たりすると、そのギャップにまた一段とエロスを感じられると思いますのでオススメです。


タイトルに恋という言葉を冠している通り、いかにも恋愛といった感じの友との三角関係の切なさや甘酸っぱい恋のさや当てが描かれたりもしますが、決してそれだけに留まらず、変態性欲を持つ者にとっての恋愛とはどういうものなのかという部分にも踏み込んでいる作品です。
恋なのかも知れない。でもそれは、本当に恋なのだろうか?或いはそれは、本当に恋ではないのだろうか?
単なる欲望に過ぎないのだろうか?それとも本当はもしかすると・・・さらにそれを越えた先にあるという崇高な何かなのかも知れない。
「子供の時から思っていた。 町に住んでいるとそれはたくさんの人と出会う。
しかし、普通の人たちは、一生で真に気持ちがかよい合う人が、いったい何人いるのだろうか…?
小学校のクラスの○○くんのアドレス帳は、友人の名前と電話番号でいっぱいだ。
50人ぐらいはいるのだろうか? 100人ぐらいだろうか?
母には父がいる。父には母がいる。 自 分 は ち が う。
TVに出ている人とか、ロックスターは何万人といるんだろうな。 自 分 は ち が う。
『自分にはきっと一生、誰ひとりとして現れないだろう。』
『なぜなら、この"法皇の緑"が見える友だちは誰もいないのだから…
見えない人間と真に気持ちがかようはずがない。』
ジョースターさん 承太郎 ポルナレフ アヴドゥルに出会うまでずっとそう思っていた。
アヴドゥルやイギーのことを考えると背中に鳥肌が立つのはなぜだろう。
それは目的が一致した初めての仲間だったからだ。」
これは荒木飛呂彦先生・著『ジョジョの奇妙な冒険』第三部の終盤、花京院典明の脳裏に去来するモノローグで、底知れない寂しさとそれを乗り越えて生まれた強く純粋な絆を偲ばせる名シーンなのですが、この『恋踏』のエンディング、特に早智子様とのエンディング二種を両方見終えた時、我知らずそれを思い出していました。


恋文」 Every Little Thing
『恋踏』と直接の関係は無いのですが、各エンディング到達後などにこの曲を聴くとまた何とも言えない気分に浸れますので、ちょっとおすすめ。 当記事の見出しはこの歌詞から引用させて頂きました。


恋踏~コイブミ~

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