第二話:レミングス・著



ナプラマージャ・・・

ナイルスネイルという最も人類が憎むべき敵。その一人が今俺に向かって笑顔で語りかける。どういうつもりなのかわからない・・・。その笑顔には地球をここまで追い込んだ侵略者としての自覚はないようだ。人と人の笑顔のように、優しさと安心を与える笑顔だ。
いや、馬鹿野郎!
お前の家族だってあいつらに殺されたんだろう?しかも今俺の命を握っている敵を、許そうとしてどうする!?
           
自己紹介を終えたあと、笑顔に見とれた俺はボディーに一発もらい、気がついた時には見たこともない建造物の中にいた。
「・・・ここは・・・」
壁は全体が茶褐色で、虫の腹のようにデコボコしている。天井はとても高く、壁自体が赤く光っている。
「・・・俺はあのナイルスネイルに運ばれてここまで来たようだな。しかし奴らの姿が見えないな。」
カイトは部屋の奥まで見渡してみたが、何もめぼしいものはない。漠然と、そこに空間が広がっていた。

すると、

スー・・・
壁の一部がほとんど音を立てずに開いた。

「!!」
次の瞬間、開いた口から触手のような物が飛び出し、カイトの体にグルグルに絡まった。
「う・・・うわ!」
そしてカイトがそれを振りほどこうという気になったとき、触手はカイトを掴んだまま物凄い勢いで部屋の外にひっぱった。

ビュン!

部屋の外に出てもカイトの移動は終わらない。長い虫腹の通路を、口も利けないくらいのスピードで進む。

ゴウ!

やがて再び別な広い空間に出た。その移動スピードの速さを物語るように、部屋中に抜けるような音が響き渡る。
ポーンッ


わけがわからず、放心状態のまま勢いついて転がるカイト、しかしすぐに彼に声を掛ける者がいた。
「起きろ、そして部屋の正面を見ろ。」
揺れる頭を必死に正常に戻し、目をやるとそこにはさっきのナイルスネイルがいた。彼女は部屋の中心を睨んでいる。
「ナ・・ナプラ・・・ナプラマージャ・・・」
拘束されているわけではないが、逃げることは場所を考えても、能力を考えても無理である。カイトは素直に部屋の正面を向いた。
「げ・・・!!」

 
デコボコ岩のクレータのような場所の真ん中に、一人のナイルスネイルが座禅をくんでいる。
髪は紫色で長く妖美にうねり、体には見慣れぬ装飾品と文様が書き込まれ、肌はナプラマージャとは違い、全体的に白く、うっすらとパールの輝きを放っているように見える。
なにやら瞑想にふけっているようだが、やがてその険しい表情がとかれ、鋭い眼光がゆっくりと開く。
するとナイルスネイルに共通する怪しい美しさがその女にも溢れた。

「・・し・・・しかし・・・」
カイトが驚きツバを飲み込んだのも無理はない。ナイルスネイル達は、通常2メートルぐらいで、すごく背の高い人間、といった程度なのだが、そのナイルスネイルは違った。

「し・・・4、5メートルはあるな・・・」
巨大なダンプカーが人の形をしている迫力である。しかしその透明感溢れる肌、心が自然に吸い込まれるような彼女の香りで、それほどの量感は感じなかった。
「あの御方はシ・ケーニョ様だ。」
ナプラマージャはボソっと言った。
「シ・ケーニョ・・?」

ナプラマージャは「様」と呼んだ、やはりこいつらの中にも身分階級のようなものがあるのだな。まぁ、俺が知ったところで誰に伝える事もできないけど・・。
心の中でカイトがそう呟いた途端に、ナプラマージャはカイトの襟を掴むと、屈んでいたカイトを頭より高く持ち上げた。
「わ!」

気がつくと、その巨大なナイルスネイルを中心に、あちこちにナイルスネイル達が立っている。そして手には自分のように人間を持ち上げている。
「ケーニョ!」「ケーニョ!」
「ケーニョ!」
「ケーニョ!」「ケーニョ!」
「ケーニョ!」

期せずして「ケーニョ」コールが湧き上がる、わけがわからず、抵抗も出来ずにぶらさがるカイト。
やがてその騒ぎの中、中央のシ・ケーニョが一人のナイルスネイルを指さした。
さされたナイルスナイルはそこから、まるでゴミを投げるように掴んでいた人間をほおった。

ドサッ

中央に投げ出された人間の男。衝撃で足を痛めたらしい、押さえながらうめく。
立ち上がろうとせず、座ったままの姿勢で、にじりよるシ・ケーニョ。
男は足の痛みも忘れて走り出す。途端にクレーター一帯に地震のような連続した振動が広がった。
ドドドドドドド
男は足を取られて地面に倒れる。その隙に巨大なナイルスネイルが男の足を掴んだ。
ヒィィィィィ・・・・
遠くからか細い悲鳴が聞こえた。男はそのまま、正座を横に崩した姿勢のシ・ケーニョの体に寄せられた。
シ・ケーニョが男に覆い被さると、その豊満な胸も手伝って、男の体は全く見えなった。
大きな白く澄んだ女の体に包まれて、男の悲鳴も聞きづらくなっていく。

カイトにはシ・ケーニョの顔が横からチラリと見えた。恍惚な表情を浮かべ、今恐らく胸から腹の間にいる男を、その冷たく光る体で味わっているのだろう。
怪しい腰の動きが始まる。それは人間の本能に直接響くような、「誘惑」を高純度に絞り上げたような、そんな男にとって最も危険なシグナルだった。
カイトは思わず目を背けた。これ以上見つめていると、そのゆっくり生生しく呼びかける腰に応えて、その肉壁の中に自分も引き込まれそうになるからである。

シ・ケーニョの胸、胸から背中、背中から腰にかけて妖美に蠢く。冷たい肌が重なりあい、擦れあい、つぶしあう。
ウットリした瞳で背筋が凍るような笑みを浮かべる。
どんな精錬された鉄も溶かすような熱く甘い蹂躙。彼女の肌の中で、さっきの彼は何を思う。
地面に押し付けられ、雲のように形を変えるおおきな乳房を見ながらカイトは男の事を考えていた。

「それ以上見るな。お前の命がないぞ。」
見とれるカイトを制したのはナプラマージャだった。彼女はカイトの襟を再び掴むと、ここまで運んできた触手のところへ持って行こうとした。
「ま・・待て」
無言で立ち止まるナプラマージャ
「あ・・あいつはどうなる?あの大きな女は何をしているんだ?」
「知ってどうする」
無駄なことは聞くなと言いたいようだ。ナプラマージャが合図すると触手がこちらに向かってくる。
「言え!俺はお前の命を救った人間だぞ!?今までのような一方的に屈するだけの人間とは違うんだ!」
何ができるわけでもないのに、強い姿勢で出た。
「・・・・フ、いいだろう、知りたければ教えてやるさ。別に隠すことじゃないからな。」
そう前置きしてナプラマージャは説明を始めた
「シ・ケーニョ様は栄養を摂取されているのだ。食事はさっきの男だ。」
ギョ!
「な・・・なんだって?まさかあの女の腹には口がついていて・・・」
「愚かな、私の腹を見ろ、口などついていないだろう。我々は肌から摂取することができるのだ。」
ギョギョ!
襟をつかまれていたが、カイトはとっさにナプラマージャから離れようともがいた。想像もつかないがこの肌に触れるのは危険だ、恐ろしい!
するとナプラマージャはニヤリと笑って、カイトを自分の体に寄せて、その長い腕で抱きしめた。張りのある、何年でもしがみ付いていたくなる肌感。思わず手を腰に巻いてしまう。これまた弾力に富んだ感触。ウットリ・・・
「ハッ!!た、たすけて!!」
一瞬心が溶けそうになるも、肌が触れてる事に気づき叫んだ。
しかし、何もおきなかった。
「愚か者、肌から噛み付くわけではない。お前らから生命のエネルギーを液体として取り出し、それを肌から吸収するのだ。」
「せ、生命のエネルギー??」
見てみろ、とナプラマージャがアゴで指した。
シ・ケーニョは体全体から光る汗を流し、舌をだらしなく垂らして息づかいが荒い。女体が沸騰しているようにも見える。その犇(ひしめ)きはさっきより激しく、乳房が、腰が、太ももが、一体となって中心に向かって押しつぶす。
「ああ・・」
初めてシ・ケーニョが声を漏らす。

「今、ケーニョ様の体は食事前の最高の状態に仕上がったのだ。」
「なに、今食事しているのではないのか?」
垂らしていた舌で、その唇を舐めまわす。熱い熱い吐息が空間に溶ける。
汗にまみれた壮大な肉体が、今、獲物を一気に搾り出さんと締め付けた。
ギュゥゥゥゥ・・・
「ぁぁぁ・・・」
聞き逃すほど小さい悲鳴が聞こえ、彼女の肌と肌の隙間から、白い液体が勢いよく飛び出した。

ブシュウゥゥゥ!!!
「な、なんだあれは!?」
「あれが生命のエネルギー体さ。さっきの人間から出されたものだ。我々は、特にシ・ケーニョ様は相手の生命体に制御しきれぬほどの快感、絶頂感を与えて、一瞬のうちに命を具現化するのだ。」

シ・ケーニョは飛び散った白い液体を丁寧に集め、手ですくうと自分の胸に塗りたくった。
「そして、あのように皮膚から吸収するのだ。相手の生き物は、それが死への道のりだと知っていてもその快感から逃れることはできない、こちらがやめない限り。ま、我々にとっては最高のご馳走だから見逃す気もないがな。」

胸に塗られた液体は、女の皮膚に吸われて消えていった。満足そうなシ・ケーニョ。
「し、食事が終わったわけか。・・・男は?」
「あそこにある皮がそうだ。」
「う、・・・もういい。・・・ところで、シ・ケーニョというナイルスネイル、さっきから俺を見ているようなのだが・・・」
「御気に召されたかな」
「ひ・・・・」
「だからさっさと行けと言ったのだ。」
「お・・俺も、俺もああなるのか???」
泣きそうなカイトの表情を一瞥して
「そうならないようにしてやろうと考えている。だから大人しくしていた方が身のためだぞ。」
「・・・・・・・・」
大人しくしていてどうなる?どちらにしろここは出れない。助からない。抵抗すればああなってしまう・・・

「ナプちゃーん。」
落ち込んだカイトとは別に、明るく弾ける声が、ナプラマージャを呼び止めた。
「・・おお、チリト。獲物は取れたかい?」
ナプラマージャが親しそうにもう一人現れたナイルスネイルと話始めた。
「んん・・・ぜーんぜん。いいな、ナプちゃんは才能があって、あたしてんでダメェ。」

そのナイルスネイルは他の者とは違い、少し小ぶり・・・子供のように見える。
「ナプちゃんのオチチ相変わらずでかーね!」
「こら!」
緊張感もまるでない。ナプラマージャにじゃれ付く。
「ははは・・・・」
こちらも見ているだけで緊張が抜ける。絶望的な状況なのに、細々と笑うことができた。

ガシッ
カイトはその瞬間、自分の体がその子供に持ち上げられたことが信じられなかった。
「!?え?」
「チリトやめな。」
「こいつが今アタシを笑ったよ?ただの食い物のくせに。食われたいか?」

ぞっとするほど冷たい目。さっきまでの子猫のような瞳はカイトを串刺しにする危険な瞳に変わっていた。カイトの首は、その細い指で締め上げられている。

「やめな、人間はすぐに死んでしまう。」
「アタシに頂戴よ、この人間、アタシが食べたい。」

小さな口から小さな舌が這い出して唇を濡らした。
呼吸が苦しい。カイトの顔が青ざめていく。
「チリト、私の言うことが聞こえないのか?」
「・・・・・・・」
その女の子はカイトを下ろした。並んでみて気づいたのだが、ナプラマージャが大きいから小さく見えただけで、小さい女の子というにはやっぱり大きい・・・

「ごめぇーさぁーい、ちょっとふざけましたー!」
殺伐とした雰囲気を強引にゼロに戻す口調。睨みつけるナプラマージャに擦り寄る。
「ナプちゃん、怒っちゃやーだよ?チリトはこういう子なんだから、大人なナプちゃんが我慢しなきゃ!!」
ナプラマージャはチリトを押しのけた。
「あーあ。じゃ、またね! ナマイキな人間君もまたね! ばーい!」

軽快なステップで走り去って行く。
ナプラマージャは呆然とするカイトをさっさと触手に絡ませ、部屋に戻した。


  続く