第一話:レミングス・著



時は21XX年。地球上のほとんどは不毛な砂漠と化していた。
至る所に建物の名残りのような物が転がっていたが、ただのコンクリートの塊とも呼べる有り様で、昔のような機能を果たすことはまったく無い。

人間同士が憎み合い、結果としてこうなってしまったのか?
いや、
世界的な緊張が高まったこともあったが、我々が恐れていたような終末戦争は、各国の首脳の間で何度も行われたサミットにより、奇跡的に免れることができた。人間は話し合いによって平和を導く事が出来る、そんな誇らしいニュースが世界中を駆け巡った。

しかし、いくら人類がほんとうに兄弟の契りを交わしたとしても、人類の滅亡は現実の物として起こってしまった。

それは、巨大な飛行物体が晴れた日の太陽を隠した時から始まった・・・・。

「まったく今思い出しても背筋が凍るよ・・・そして現在の人類は・・・」
いつもの昔話が始まった。古く朽ちた感じのベレー帽の下から白髪がはみだす、太いまゆ毛が人間の奥深さを感じさせるラーク教育官は、うんざりしている教え子の前で話を続けていた。

「・・・・ちっ」
反抗的な態度が気になると、上官との折り合いが悪いハムサンは聞こえないように舌打ちをした。
「ふぁ・・・・」
優等生だったカイトも、そのアクビを止めることはできなかった。

「コラ!カイト!聞いているのか!?」
「イ、イエッサー!聞いております!!」

ふいを突かれ、慌ててカカトを打ちつけるカイト。
「では! お前達の任務は何か?答えよ!」
「イエッサー!我々人類から地上を奪った、憎き異星の者、ナイルスネイル共を駆逐する事であります!」
「うむ!」

満足そうなラークを横目に、ヤレヤレとため息をつくハムサンだった。


ここは地下120メートルにある、人類希望の基地。
巨大な飛行物体が上空に現れてから、何千年も積み重ねてきた人類の歴史は、その圧倒的な火力によって屑のように吹き消されてしまった。その後にも人類は抵抗を続けたがついに追いやられ、現在は世界に数カ所あるホコリ臭いシェルターが最後のトリデである。

一通り、地上の物を破壊しつくし、抵抗もだいぶ小規模化したのを見計らって飛行物体を操っていた本人達が地上に現れ始めた。
人類は彼等をナイルスネイルと呼んで恐れた。彼等は残った少ない人間を、しらみつぶしに捕獲していった。彼等に捕まった人間は、誰ひとりとして帰ってこなかった。

「とくにお前らのような若い者が危ない。」
歯茎を見せながらラーク教育官の説教が続く。
「はいはい、わかってますよ、そのナイルスネイル共は見た目は美しい女の形をしていて、俺達みたいな発情期の若者はついフラフラと捕まってみたい気になっちゃう、って言うんでしょ?」
「バカモン!!そんな浮ついた話ではないわ!!だいたいなんだ貴様の態度は・・・」
「ラーク教育官!我々はあなたの御指導により、あなたが言われるような軽率な行動を取るようなことは無いでしょう。我々は大変感謝しております!!」

カイトは、話に合わせ、部下の心得まで語り出そうとしたラークの言葉を止めた。



上官の熱い声援を背に、二人は久しぶりに開かれる地上への出口の前に立っていた。
二人のりりしい姿をモニターが写し出す。
二人にはそれぞれショットガンが渡されていた。
「やれやれ、大いなる任務を背負って、持たされるのがこんなショットガン一丁かよ・・・」
「文句を言うなよハムサン。これでもたいしたもんだ。見ろ、弾が入ってるぜ。」
「ホントだ、こないだ出てった奴なんか、オドシに使える、っていう理由で弾を抜かれてたからな、おれたちは幸せ者だよ。」

古惚けたシャッターが金属音を放ちながら少し開く。これ以上は開かない。
二人はそれをくぐった。シャッターはすぐに閉る。二人は指示どおりにその上に砂を運んでかけた。

「フウ、これでナイルスネイル達からは見つからないと・・・・」
「はあ、人類の技術も最後にはかくれんぼと同じだな・・・・」
「よし、いこうか。」

二人の任務は背負いきれないほど多かった。
「ナイルスネイルを殺すこと、生存者を見つけること、使える武器を探すこと、食料を探すこと、そして・・・・」
ハムサンは首を振ってつなげた。
「食い扶持を減らすこと。」
「・・・・・・・・・・」

人間に出来ることは、食べ物を確保する事ぐらいだった。
こんな御時世でも、権力を握っている人間の考えることはいかに自分の分の食料を多く残すかという事で、食べ盛りの若者は邪魔なのだった。

「やってらんねえや!!こうなったら意地でも死なんぞ!」
「ハムサンそのいきだよ、これは頼もしい仲間だ・・・・・ナ」

カイトの言葉がつまった。ハムサンはカイトの視線の先見た。
「ナ・・・ナイルスネイル・・・・」

遠く離れた砂山の上に、髪が靡くシルエットが見える。それは二人を確認すると、恐ろしいスピードでこちらに向かってきた。

「いそげ!急いで走るんだ!!」
「ハムサン・・・・・」
「あ!?なんだこんな時に!?」
「ハムサン・・・さようなら・・・」
「カ・・カイト」

カイトはハムサンとは逆の方向に走りだした、それは基地とも逆の方角で、ハムサンがそのまま基地に逃げ帰れるようにと考えての行動だった。もちろんナイルスネイルがハムサンを襲いにいけば捕まるのはハムサンだが、どちらか一人は確実にいき残れるのだ。
そのカイトの考えを素早く察知したハムサンは基地に向かって走り出した。

二人は全く後ろを振り返らなかった。砂が足を掴む、息がすぐにあがる、訓練の時より緊張感が高いせいで疲れが早い。それでもカイトとハムサンは走りつづけた。

人間の走るスピードよりも、ナイルスネイルの方が早い。彼女達は、運動神経に関しては人間を遥かに凌駕していた。二人のうち一人は生き残れる。しかし確実に一人は捕まる。

「ハァハァハァ・・・」
カイトは恐怖で押しつぶされそうだった。今、自分の後方で砂を駆ける音が聞こえているからだ。
(こ・・・・こっちに来たか・・・ハムサン・・・お前は助かる。よかったな・・・・)

砂をわける音はどんどんと近付いてくる。カイトの呼吸ももはや限界だ。
砂漠の丘の頂上に着いたとき、
ガチャ
引き金に指をあて、後ろを振り返りつつ特訓されたフォームを一瞬のうちに作った。

バン!バン!

すでに女の顔は銃の横にあった。バランスを崩したカイト、とびかかる異星の者、ナイルスネイルはその人間を押し倒した。

「うげ!」

カイトが背をついた場所にはちょうど人の大きさの鉄板の破片があった。カイトとナイルスネイルは、丘の上からソリのように一気に滑りおちた。

ザザザザザーーー・・・・
 ガッシャーン!!!

丘の梺にあった廃虚にそのままつっこんだ。交通事故のように跳ね上がる二つの体、その衝撃でカイトは気を失ってしまった。

ナイルスネイルはこれくらいの衝撃では気を失わなかった。フラつきながらホコリを払い、立ち上がるとカイトを見下ろし、ニヤリと笑う。
「フゥ、人間のくせに私から逃げられるとでも思っていたの? ックックック・・・」
ナイルスネイルが呟いて、カイトの体にその手を伸ばそうとしたとき、

ガラガラガラガラ・・・・!!!

二人がぶつかった衝撃で廃虚の不安定なバランスが崩れた。高い場所から大きな鉄塊がいくつも降ってきた。
突然のことでさすがのナイルスネイルも避ける間がなかった。人間の比にならないパワーを持ったナイルスネイルが、身動きがとれないくらいに鉄塊の下敷きになってしまった。

しばらくホコリが立ち篭めていたが、やがて人間が起き上がった。

「うう・・・・痛てぇ・・・。 そ、そういえばナイルスネイルは!?」
カイトは銃を構えて周りを見回したが、女の姿は見えなかった。
「ど・・・どこだ、どこにいやがる!??」
時計周りに体を回す。ガレキひとつひとつに神経を尖らす。わずかな動き、物音を探す。
・・・・・・・・ガラ、

「!!」
バンバンバンバン!!! バンバンバンバン!!! バンバンバンバン!!!

恐怖のせいであらんかぎりの弾を撃った。
「うわーーー!!!!」

ナイルスネイルが埋まっていた鉄の山に向かって弾の嵐が吹く、その中から声が聞こえる。
「ちょっと、腕に刺さっている鉄芯が邪魔で力が入らないの、こいつをなんとかしてよ」
しかし銃を乱射するカイトの耳にはそんな声は聞こえない。ガレキの中から腕が見えて、刺さっていた鉄芯がショットガンの弾で弾け飛んだことにも気がつかなかった。

バンバンバンバン!!! バンバンバンバン!!! カチカチカチ・・・・
「あ・・・そ、そんな・・・・」
今さらに自分の愚行に気付いた。弾を全て打ち尽くしてしまったのだ。

ガラガラガラ・・・

立ち篭める硝煙とホコリの中から、背が高く、褐色の肌を持った美しい女が、マゼンダの髪をなびかせて立ち上がった。

「あ・・・あ・・・」
初めてみる人類の敵、そして自分には頼みの綱である武器はもう無い。カイトはすっかり戦意を喪失していた。
「クックック・・・・。やあ、人間。」
女は笑っていた。なびく髪の間から尖った耳が見える。
見なれない装飾物で身を飾っているが、露出が多く、思わず唾を飲むように抜群のプロポーションを持っている。太ももを伝う汗が、魅力的に光っていた。

呆然とするカイトに構わず、その女はカイトの目の前まで寄ってきた。
(も、もうこうなったら逃げることすら不可能だ・・・)
カイトは心のなかであきらめた。
その女が近寄ると、カイトは見上げた。自分の身長は確か177cm、非常に大きいというわけではないが、こんなに女を見上げたのは初めてだ、いや、女といってもコイツらはそういう異星人なのだ。

「人間よ、ありがとう。」

・・・・・・・・・・・・・・え?
想像もしなかった言葉をかけられ、とまどうカイト。
「お前のおかげでガレキの下から脱出することができた。まさか獲物の人間に助けられるとは思わなかったぞ。しかも、銃を持っているのに、今だって私を撃たないじゃないか。」

カイトは思わず銃を背中にまわした。(もう弾がないだけなんだが・・・・)

「フフフ・・・面白い人間もいたものだ、捕獲する我々を救おうとするとは・・・」
ハッキリ言ってカイトに自覚はなかった。何を感謝されているのかまったくわからなかった。
「うん、面白い、実に気に入ったぞ。」
女はガッシリとカイトの両肩を掴んだ。
「お前、名はなんという?」 
「カ・・・カイト。」
「カイトか。私の名はヘレンニソ・ゾ・ナプマラージャだ。」
「ヘ・・・レ?」
「ナプラマージャでいい。本当はもっと人間には発音しにくい名前なのだが、簡単に言えばそうなるのだ。」

実に意外な自己紹介となった。しかしあくまで相手は危険な人類の敵である。命の心配はしなければならない。


  続く