こうひー 著  /  SBD 挿絵
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気が付いたら、列車に揺られていた。
ボックス席に前向きに座って、ゆっくりと走る列車の何両目か先を眺めていた。
席の一つに、一人寂しげに腰掛けている少年の姿があった。
その後ろから、つまり少年のいる車両の前のほうから、車掌らしき人影が近づいていった。
切符を改めに来たのだろう。

ガァーーーーーーーッと音を立てて、列車はトンネルに差し掛かる。
「まもなく、に・・・・・・りです」
停車駅の案内か、車内放送が聞こえるが、騒音でよく分からない。
外を見ると、ちょうど列車はトンネルをくぐり終え、車内には再び静かなレールの響きだけが
聞こえるようになった。

ふと視線を前に戻すと、車掌はすでに少年の前を過ぎていた。
少年は座席にもたれかかるようにして、眠りこけていた。
・・・俺も一眠りしようか。
まだまだ俺の降りる駅は先だ。そんな気がした。



それにしても、奇妙な夢だった・・・。
今朝見た列車の夢のことを考えながら、俺は夕暮れ時の住宅街を歩いていた。
学校の帰り道。いつものように、近所の主婦の井戸端会議を通り過ぎようとした時だった。
「・・・かわいそうよねぇ。あそこの坊ちゃん。まだ中学校にも上がってないのに・・・」
「心臓麻痺だとか何とか・・・・・・若くても油断できないわねぇ・・・」
近所で誰か子供が亡くなったらしい。



また列車の夢を見ていた。
窓越しに前の車両の方を見ると、この前よりも近い車両に車掌がいた。
・・・ん?
よく見ると・・・あの車掌、女だ。珍しいな。
夢であるにもかかわらず、俺はそんなことを考えていた。
「まもなく、はなふき~、はなふきです」
次の停車駅は「はなふき」だそうだ、どんな字を書くのだろう。
・・・そういえば妙だ。前の夢でもそうだったが、停車案内のアナウンスがあってもこの電車は一向に止まる素振りを見せない。
通過駅なのか?

そんなことを考えていると、ふと女車掌に違和感を覚えた。
切符の改めにしては、やけにボックス席の中に入っている。
前傾姿勢で、体はあっち側を向いているし・・・。
たしかあの席の乗客は、こちらに背を向けて座っていたはずだ。
あれじゃ客にケツを向けるようにならないか?

やがて女車掌は席を離れ、こちらにの車両に向かって歩いてきた。
ボックス席からはみ出した乗客の腕が、力なくぶら下がっているように見える。寝てるのか?
目を向けると、車掌は既に次の車両に続く扉を開けていた。
室内には、若い男が一人座っている。派手に髪を染めた強面のソイツと目が合い、ひと睨みされた。
夢と分っていても気分が悪い。
とっさに窓の外に目をそらすと、日差しが目に飛び込んできて・・・

(こりゃ遅刻だな・・・)
俺は一限に出席するのをあきらめて、のんびりと自転車を漕いでいた。
酒屋の曲がり角の風景に、少し黒が多いことに気づく。
「葬式・・・かぁ」
どうやらあそこの爺さん、とうとう逝っちまったらしい。



またこの電車の夢か・・・。
その日の夜、同じ夢を3度見るという事態に、俺は遭遇した。
いや、まったく同じではないな。動きはある。
変わらないのは、電車に揺られているところから始まって・・・アナウンスがあって・・・
「まもなく、ガス室~、ガス室です」

って、えぇ!?
どういうことだよ?ガス室って!?
そんな駅名、有る訳がない。
なんだか嫌な予感がして、席を離れてあたりの様子を伺おうとした。

まもなく俺は、2つ先の車両の異変に気づいた。
車内が煙のようなもので真ッ黄色だ!
煙幕・・・か?
でもなんで電車の中なんかで?

頭の中を疑問で満たしていると、黄色い気体で充満した車両の扉に、人影が張り付いているのが見えた。
「・・・・・・・・・!!」
俺は息を飲んだ。昨日の強面野郎が、ここからでも分るぐらい苦悶の表情を浮かべて、
扉の窓を叩いていた。
・・・その動きもやがて弱くなり、男は窓に顔面を張り付けるようにしてもたれると、
白目を剥き、口の端に泡を浮かべながら、ずるずると崩れ落ちていった。
これじゃ・・・、これじゃまるで・・・
「ガス室・・・・・・だ」
俺は微動だにできず、呟いた。

がちゃ

そのとき急に「ガス室」の扉は開いた。
ハッとして、あふれ出た黄色いモヤの中に目を凝らす。
やがて姿を現したのは、あの女車掌だった。
目が合って、彼女はこちらにむかって微笑んだ。
「お客様、もうしばらくお待ちくださいね」
そんな声が聞こえたような気がした。

一体なんなんだ?あの夢は・・・
俺はクラブ棟前のベンチに腰掛けて一服しながら、頭を捻っていた。

「大変だぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
突然、悲鳴にも似た叫びが聞こえてきた。
見ると、クラブ棟の一角に人だかりが出来ている。パンク同好会のある所だ。
「・・・・・・。」
妙に気になって、行って見ると、部員の一人が「中で誰々が死んでる!!」
と慌てふためいていた。
甲高い悲鳴や、人を呼びに行く怒号をかき分けて覗き込むと、

・・・夢の中で「ガス室処刑」された男が、あの苦悶の表情のまま、事切れていた。



馬鹿馬鹿しぃ。ただの偶然だ。
そう自分に言い聞かせても、不安を拭い去る事は出来なかった。
でも明日は試験だし、寝ておかなければ・・・。
あのパンク同好会の男だって、部室に泊まってる最中の心臓麻痺だって話じゃないか。
俺は毛布を引っ被ると、もうあの夢を見ませんようにと願いながら、眠りに就いた。

「・・・また・・・かよ」
気が付いたら、あの電車の中にいた。
「まもなく、座布団~、座布団です」

座布団・・・・・?どういう意味だ?
あの男は「ガス室」で殺された。
その前は、その前の駅名はなんだっけ?
たしか・・・「はなふき」だったはずだ。
「花ふき」?「花吹き」?「鼻吹き・・・・・・・
なんだろう?引っかかるものがある。
そもそも、停車駅の知らせごとに、停車しないで車内改札の光景ばかり見てきた。
3日前の少年。彼は寝ていた。・・・本当に寝ていたか?
・・・死んでいたんじゃないか!?
おとといの爺さんは?・・・いや何で爺さんだって分るんだ俺?
頭が・・・混乱する!!

そうだ、車掌!
あの女車掌は一体・・・!?
俺は車両扉まで走った。

彼女はいた。
俺と目が合うと、昨日のように笑ってみせた。そしておもむろにスカートに手をかけると、ホックをはずし、ファサッと床に落とした。
彼女は下着をつけていなかった。白い太股の付け根に黒い茂みが見えた。
思わず見とれていると、彼女は踵を返して、前屈みになって、膝を少し曲げた。
突き出される巨大な尻。その上に持ち上がった・・・・・・尻尾?
幅広の尻尾。リス・・・?いや白黒のあれはたしか・・・

「ぷぅぅぅうぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」

噴出音がして、彼女の尻から黄色いモヤが放出された!!
「くっ!?」
思わず鼻を抑える。扉で隔てられているはずなのに・・・なんてニオイだ!
強い硫黄臭のこの気体は紛れも無く「オナラ」だった。
あの男は「オナラ」で殺されたんだ!!

彼女はこっちへ向き直るとゆっくりと近づいてきた。
「あ・・・ぁ・・・」
俺は恐怖のあまりその場に凍てついた。
「次はあなたの番よ」
微笑んだ彼女の目は、まるでそう語りかけてくるようだった。

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  後編につづく