ヘンリー・ダーガー(Henry Darger, 1892年4月12日 - 1973年4月13日)
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ヘンリー・ダーガー(以下ダーガー)は、簡単に言うとフェチ界の伝説の巨匠です。
彼は、妄想の赴くままに驚くべき量のフェチ絵とフェチ小説を創作し、しかしそれをどこに発表するでもなく、アメリカの都会の片隅でひっそりと息を引き取りました。
どんなフェチ絵・フェチ小説か。
簡単に言うと、幻想の王国にてロリでふたなりな美少女戦隊が、悪の大人達の軍団を相手に長く壮絶な戦いを繰り広げるというものです。少女達がマミったりマミられたりして、そこんとこすごくリョナも入ってます。
彼女らはダーガーにヴィヴィアン・ガールズと名付けられましたが、『戦闘美少女の精神分析』(斉藤環・著)という本の中では、戦う女の子の総称としてファリック・ガールズとも呼ばれていました。
ファルスとは、男性や男の娘やふたなりの股間にもれなくついているナウい息子ことマーラ様の事ですが、この珍棒というやつは、暴力とか、戦う力や意思などのシンボルでもあるらしいです。
現在ではアウトサイダー・アートの代表例とも言われている、ダーガーの創作物『非現実の王国で(In The Realms of the Unreal)』をあえて何かに例えるとするならば、非常に古式ゆかしく且つ濃厚でオリジナリティ溢れる内容の、魔法少女ふたなりリョナ本といったところでしょうか・・・。
ちょっと例えが間違っているかも知れません。
しかしアウトサイダー・アートという呼称は格好良いですね。
フェチ絵描いてますと言わずにアウトサイダー・アート描いてますと言えば何かがごまかせそうです。
何をかは判りませんが。
ダーガーは死を前にした病床にて、「自分の部屋にあるものは全て焼却してくれ」とアパートの大家に頼み込んだそうです。
現代ならさしずめ、「自分が死んだらPCのHDDを破壊してくれ」と頼むのに近いかも知れません。
私などはもうこの時点で共感のあまり思わず涙ぐんでしまうのですが皆様はいかがでしょうか。
さてダーガーの死後、彼の部屋一面に残された膨大な作品群は、「それをすてるなんてとんでもない!」という有志の手によって結局公開され、その斬新過ぎる世界観と作画・作劇手法で世の中を驚かせました。
例えるなら、世間がのらくろ二等兵とかロボット三等兵の時代に、いきなりケロロ軍曹みたいなのがひょこっと出てきたようなものでしょうか。
またちょっと例え方が間違ってるかも知れませんが、それくらいの衝撃はどうもあったようで、ダーガーの作品群は現在に至るまで、愛好家の間では凄まじい高値で取引されているといいます。
「焼いてくれ」とまで懇願し他人に見られる事を怖れていた自分の作品が、大好評で世に迎え入れられた事について、ダーガーがもしも、存命中にその現象を目の当たりにしていたら、どんな風に感じたでしょうか。
あくまで推測に過ぎませんし、こんな事を言うのはおこがましいのかも知れませんが、きっと、嬉しく感じたんじゃないかと・・・・・・「いいぞもっとやれ」と言ったんじゃないかと・・・・・・・思います。
例え最初は好奇の視線が大半だったとしても、その中に混じってほんの僅かでも、同志の熱い眼差しを見つける事ができたなら。

ダーガーが、もっと後の世に生まれていれば。インターネット上に広がる爛熟したアングラの世界、開いた口が塞がらないほど多彩なフェチコミュニティが乱舞する現代、特にこの日本などに生まれていれば、きっと彼は自分の見たい作品を自分で作る悦びに加えて、それを他の同じ趣味を持つ仲間と共有する幸福を味わう事も、できたのではと思います。
もしかするとダーガーの不在はその方面における歴史を根こそぎ変えてしまい、そう都合良くはいかないかも知れませんが・・・。
それに、仮に上手くいったとしても、エロの戦国時代にも等しいこの現代においては、ダーガーは伝説のアーティストなどではなく、一介のフェチ系作家として、膨大な情報の海に呑まれ、特に後世に名を残す事もなく消えていくかも知れません。
でも、それでいい。「むしろそれがいい」ときっとダーガーは言うんじゃないかと思います。
私の中では。


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