短編小説

世界で一番、暑い冬

2012年01月21日00:36

大晦日、早朝。
巨大逆ピラミッドに、人々が吸い込まれていく。その横には、真夏のような熱気を放出する集団が並んでいる。
コミックマーケット。日本最大の同人誌即売会であり、年に二度のヲタクの祭典でもある。プロも含めた同人作家はこの日のために寝る時間を削って同人誌を作り、一般参加者はその作家の魂とも言える同人誌や同人ソフト、はたまたグッズを我がものとするため、宝の地図とカタログを胸に、今日の戦略を立てている。

「……はぁ」
大きなキャリーバッグを引きずりながら、俺は人の流れに乗っていた。周囲のざわめきが右耳から入って左耳に抜けていく。その至近距離からのざわめきは遠くからきこえてきていた。

「……はぁ」
また、大きなため息が口から出てくる。その白く凝固した水蒸気が、この広い会場の一部になり、消えていった。
机の上にはパイプイスが二つ。準備のためにそのイスを掴むと、鉄パイプの冷たさが伝わってくる。その冷たさが、空っぽの体の中にしみこんでくる。周囲には、ざわめきが漂っている。

「見本誌、おねがいしまーす」
巡回に来るスタッフが、そう告げる。段ボールの中にある、できたて同人誌。その裏表紙に見本誌票を貼り、手渡す。

「はい、確かに。それでは、良いコミケを!」
表紙には、かわいい女の娘が一人。こちらを見てほほえんでいる。その同人誌の置いてある机の向こう。二つ並んだイス。座る俺。しかし、いつもと違うことが一つ。隣に座る人が、いない。

会場内から拍手が鳴り響き、イベントの開会を告げる。それと共に、外からこちらに向けて、地鳴りにも似た音と、人肉雪崩が押し寄せていた。冬だというのに、汗まみれの雪崩が 、会場に入ってくると同時に、熱気が迫ってくる。まぁ、こちら側は男性向けとは言っても、ああいう雪崩の構成員が欲しがるようなものとは違う、マイナーサークルだからそこまで気にしなくても良いんだけど。それでも、この熱気、興奮、いつ見ても圧倒される。これだけの人を熱狂させるものが、ここ、コミックマーケットにはあるのだ。

「おい? おーい!」
遠くから声がする。聞き馴染みのある声がする。ここ数ヶ月前まで毎日聞いていたような、それでいて、それからは一切聞かなくなったあの声が……。
「聞こえてるのか~?」
いつから聞かなくなったんだろう。検討がつかない。気がついたら、いなくなっていた。いつまでも隣にいると思っていたのに。
「良い加減にしろよコラ!」
ドスの聞いた声が響く。目の前には、がたいのいい男が一人。
「……なんだ武か」
「なんだはねえだろなんだは。4ヶ月ぶりじゃねえか」
「昨日も、おとといも、ずっとSkypeでしゃべってたじゃねえかよ。全然懐かしい気持ちがしねえよ」
「それと、コミケでは本名で呼ぶな! イメージってもんがあるだろイメージってもんが」
「はいはい分かりましたよ綾小路麗先生?」
こういう軽口が、沈んでいた心をわずかにではあるが浮上させる。
「んで、今日は何の用だ?」
「用って言うほどでもないけど、まぁ挨拶回りだな。ほれ、うちの新刊」
「ちょっと待ってろ、今こっちの新刊出すから」
「あ、スマンが知り合いのも渡したいから二冊な」
こいつは俺の同人仲間だ。こんなクマ見たいな図体から、キャッピキャピな少女コミックを描きやがる。
仲間内からは「体はクマ、頭脳は乙女」とまで言われている。最近は本人もそれを認めつつある。
「相変わらずの画風だな」
「お前もな」
お互いの同人誌を交換しあう。同人界隈の名刺交換みたいなものだ。友達に自分の作品を読んでもらうのにぴったりである。
「ん?」
「どうした?」
「おまえ、変わった?」
「何でだよ」
「いや、絵はいつも通りなんだけど、話がなぁ……」
こうやって良いところも悪いところも全てはっきり言ってくれるのはコイツの良いところだ。そのアドバイスのおかげで、スランプも乗り切って来れたのは事実だ。そんなアドバイスも、流れていく。
「展開も団子になってるし、 ……って聞いてるか?」
うつろな顔が浮かぶ俺が、なにか答えようとする。が、言葉が出てこない。空虚な顔をしていた。
「あ、ああ、聞いてる聞いてる。で、何だっけ」
やっぱり聞いてないじゃん…… といいながら、アドバイスをしてくれる。確かに、的を射ている……ような気がする。さすがプロを目指していることもあり、はっきりと、それでいてわかりやすく教えてくれている。しかし、なんだか分からないのである。頭に入ってこないし、言っていることがなかなか理解できない。
「あー、多分スランプ的ななにかだろ。大丈夫大丈夫」
「まぁ、大丈夫って言うならいいけど…… おまえの作風ホントに変わったぞ?」
「わかったわかった! それじゃ、また来年な!」
心配するコイツを無理矢理追い返し、ため息をついた。また、視線を向こうへ向ける。ため息は前方にはき出される。ぼんやりと、焦点も合わない目で前を見ながら。
「話…… かぁ」
話には自信があった。物語ぐらい、自分だけで書けると思ってた。アイツの力なんて借りなくても書けると思ってた。

 


「ダメだ……」
締め切り1週間前。雪が降るでしょう、という天気予報は見事に外れ、真っ暗になった外には、空っ風が引きつけている。
目の前には純潔を守り抜いた原稿用紙。そのまぶしさから目を背けたくなるが、〆切のことを考えると、もうそんなことも言っていられない。原稿を落とす。それだけは避けたかった。いや、 いつもの自分だったらもう諦めて豪遊、コミケ前に落ちましたペーパーを作って終わり、にしているかもしれない。学業と同人の両立は大変だし、同人誌が落ちたくらいで、自分の人生に何か問題が起きるわけじゃない。もちろん楽しみにしている人たちには申し訳ないけど、そういうのも同人の醍醐味じゃないか。俺はプロじゃない。自分が描きたいから書いているのであって、人のために描いているんじゃない。それが、ただの言い訳だとはわかってはいるが。

こんなことを考えていても原稿が進むわけでもなく。時間だけが刻一刻とすぎていく。自分のペースを考えて、どれだけポジティブに考えても今日がストーリー、ネームのデッドライン。

チッ。

簡単に思いつくはずだったのに。あいつの手なんか借りなくても、漫画一本ぐらいかけるはずだったのに。

「それじゃ、さよなら」
別れはあっけないものだ。感慨深いものもなく。追いかけるわけでもなく。ただ、日常の一部として別れた。蝉の声がまだ残る頃だ。幼馴染としての美希は、俺の彼女として、いろいろと尽くしてくれたし、いっしょにいて楽しかった。
しかし、美希にはもう一つの顔がある。セミプロのシナリオライター。商業作品は手がけていないものの、同人ゲームや、CG集に入れるSSなどを中心に活動している。なんでも、プロの先生のところに弟子入りしており、デビューも時間の問題である、という噂も聞いた。もっとも、これは別れてからの話だから、噂の範疇を出ないけど。同人ゲーム界隈では、知らない人はいない、とも聞いた。

ぼんやりと、外に目をやる。時間はもうすぐ締め切りまでの日付を1日短くするぐらい。窓から眺める漆黒の闇は、吸い込まれそうな錯覚に陥る。美希がいなくなってからの時間。大学で顔を合わせても、挨拶もしなくなってからの時間。その頃から俺の心の中にある、錯覚。

「あー、やめだ止め! 今日はもうどう頑張っても出ない! 寝る!」
無駄だった1日が終わる。今日も結局、一回もペンに触らなかった。いや、触れなかった。白い悪魔がおいてある机から離れ、着替えようとしたとき。

『you got a mail! you got a mail!』

電子音声が俺の意識をパソコンに持っていく。パソコンのディスプレイには、未開封の封筒マーク。
「なんだこれ……」
自分の知らないメールアドレス。タイトルもない。右に出ているプレビュー画面を見て、安全だろうと言う確認をした上でそのメールを開封する。

長文。長めのメルマガでもこんなに長くない。ついプロパティを確認すると、30kbと出る。見たところテキストだけみたいだから、相当な量だろう。

新手のストーカーだろうか。自慢ではないが、イラスト投稿SNSであるPixisでランキング上位にくることが多い自分には、こういうメールは多い。だいたいはメンヘラをこじらせたような変なメールであったり、妙になれなれしいメールって言うのが大半な訳だけど。そういうメールはだいたいそのSNS経由でくるし、このアドレス自体、限った人にしか教えていない。まぁ、そういうのをかぎつけてくるのが本物のストーカーなんだろうけど。
そのメールの文体を見ていた。気がついたら、読み入っていた。どこかで見たことがあるような文体。

 

 

……夏の、話です。

 

男と女の、物語。

 

夏と言っても、海だとか、山だとかいうものは無く。

 

二人、机に向き合っている。

 

女の書いた小説を、読んでまんがにしていく男。

 

時には、内容について喧嘩をして。

 

時には、仲直りのために男がケーキとクレープをおごってくれて。

 

二人で、一緒に作っていった、同人誌。

 

二人で座った、パイプイス。

 

机の前に並べた、二人の努力の結晶。

 

一冊、一冊と一般参加者の手に渡っていく我が子を見て感じる喜び。

 

立ち読みだけで去っていった時の寂しさ。

 

結局は完売できなかったけど、少なくなった同人誌を詰めたカバン。

 

「来年は、完売できる作品、作ろうね!」

 

誓い合った、夜行バス。

 

それから、少し経って。

 

離れていく、心。

 

忙しくなっていく私に

 

上手くなっていく彼。

 

「もう、私はいらないのかな」

 

そう思ってた、夜。

 

街の中。

 

アクセサリーショップに入る彼を見て。

 

怒っちゃった私。

 

女の子と、一緒だったんだもん。

 

私と同じ、腰まで届きそうな髪の女の子。

 

何で一緒だったの?

 

私じゃ、ダメなの?

 

彼の前で、泣いた。

 

とにかく、泣いた。

 

周りのものに、八つ当たりした。

 

紙くずになっちゃった、私たちの同人誌。

 

部屋を飛び出した私を、アナタは追って来なかった。

 

あんな酷いこと言ったんだもん、仕方ないよね。

 

でも、悲しかった。

 

きっと来てくれる。

 

後ろから、ギュってしてくれる。

 

そう、思ってた。

 

でも、後ろからギュッとしてくれたのは

 

漆黒の闇だけだった。

 

いつからだろう、アナタと話をしなくなったのは。

 

いつからだろう、アナタと目を合わせようとしなくなったのは。

 

いつからだろう、アナタを無視するようになったのは。

 

いつからだろう、心の中に、漆黒の闇ができたのは。

 

いつからだろう、アナタがいないとダメだと気づいたのは。

 

でも、遅すぎた。

 

もう、元には戻れない。

 

元には戻れない……。

 

 

目の前にある同人誌。これが書き上がったのは、あのメールを受けて5日後だっただろうか。あのメールを見た後、気がついたら原稿用紙の前に座っていた。次々に上がるネーム。今までに無いペースで書き上げたこの作品は、何とか今日、日の目を見ることになった。

「ありがとうございますー!」

次々に売れていく、同人誌。はじめて、”ひとりで”作った、同人誌。いつもとは少し違うけれど、いつもと同じように売れていく同人誌。みんなの手に渡っていく、わが子たち。

「…………」

声が、きこえた気がした。聞きなじみのある、声だったと思う。だったと思う、って言うのは、はっきりときこえた訳じゃなかったから。寒空に、白い息と共に、消えゆく言霊。

島の端。声のした方向。そこには、一人の女性が立っている。ここからは顔が完全には見えないが、マフラーで顔を隠しているようだで、そこにベージュのダッフルコート。そして、腰まで届きそうな長い髪。

「……っ!」

脱兎。

まさにウサギのように。なにかに追われているように。なにかから、逃げるように。
「ま、待ってください!」
イスから体が跳ね上がる。隣のサークルさんに「すみません、ちょっと開けます!」と言うか言わないか。売り子さんが嫌な顔を浮かべる中、足はそのウサギに向かっていた。

人の間を縫うように走るとはよく言ったものだ。人をよけながら走るというのは、こんなにツライものであるとは。しかし、その目線の先には彼女がいた。見失うまい。その一心で走り続けた。

周囲の人にぶつかりそうになる。邪険な目で見られる。もしかしたら、準備会に通報されてしまっているかもしれない。しかし、見失うわけにはいかない。彼女のために。そして、自分のために。

どれだけ走っただろう。すでにビッグサイトの外、国際展示場前の駅へ向かうプロムナード。大道芸などがパフォーマンスをしている横を、彼女と俺は走り抜けている。端から見たらどう思うのだろうか。彼女に振られたけど追いかけている男? それとも、失恋した彼女を慰めようとしていると思われているのだろうか。

少しずつ。少しずつではあるが、その距離が近づいてくる。10m。必死に手を伸ばす。5m。もう少し。3m。もうすぐつかみ取れる。2m。彼女の腕を。1m。そして、手放してしまった、彼女への思いを。

「捕まえた!」

ベージュのコート、袖を掴んでいる男が一人。顔はマフラーで隠しているために完全には見えないが、その腰まで届きそうな髪が、彼女であることを証明していた。

「あのときはゴメン。本当に。やり直そう」

完全に上がっている息。その中から、かすれて出てくる声。その言葉は、マフラーで隠している彼女の耳へと入ってくる。言いたいことは沢山あるのに。全く出てこなかった。酸素が頭に届いていないのだろうか。それとも、伝えたいことが多すぎて頭の中でオーバーフローしているのだろうか。この言葉しか、出てこなかった。

沈黙。

彼女からも、何も言ってこない。こちらからも、何も言わない。ただただ、沈黙が二人の間を過ぎていく。

どれだけの時間が経っただろうか。彼女は、ゆっくりとマフラーに手をかける。お互いの顔をゆっくりと確認し合う。

「「あなた、誰ですか?」」

 

 

深夜11時。東京駅近くにある夜行バス待合所。あの美希とは違う彼女を捕まえたその後、ストーカーかなにかと勘違いされ、警察に連れて行かれそうになったところを武に助けられ、事なきを得た。「おまえは本当にバカか!」と罵倒されたのと、お礼と言うことで飯をおごらされたのは痛かったが、ブタ箱に入ることを考えたら安いものである。

ハレの日とケの日を分かつ、深夜バスが鎮座している。
バスの乗り口ではバスに乗る人間を確認していた。

明日から、またいつも通りの日々が始まる。いつも通りの日々があるからこう言うお祭りが楽しくて。こう言うお祭りがあるから毎日の生活を頑張れて。

今、唯一心残りがあるとしたら。あの時にみた彼女は美希だったのか。もし、彼女だったら仲直りできたんじゃないか。やり直せたことがあったんじゃないだろうか。

そう言うことを考えつつも、もしもの話なんてナンセンスだな、と苦笑する。あったのは、そこにいたのは、別の女性で。仲直りのチャンスもなかった。それだけだった。

もうすぐ出発のようだ。フロントライトが、自身の存在感を高めている。目の前に、人影が見える。ライトのせいで顔の確認もできない。かろうじて見えるのは、コートに、腰まで届く髪の毛と、手には一冊の同人誌。その視線が、こちらの方に向けられている。

「……ごめん、ね」
消えいるようなかすかな声。しかし、聞き慣れた、声。
「もう、終わりにしなくちゃ、って思ってたのに。会っちゃいけないんだ、って思ってたのに」
白く、残る言葉。はかなく消えていくその言葉が、かすかに届いてくる。
お互いに、顔を見ることができない。物理的にも、精神的にも。
「私、すっごく、寂しかった。おかしいね、自分から別れたのにね」
聞き慣れたその声を、今の俺には、とにかく聞いていた。聞くことしかできなかった。
「でも、これで良いって思ったの。私と、ナオくんは幼なじみ。彼女とは違うもん。私なんかより、あの人の方が、多分お似合いだもんね」
「そ、そんなこと……」
口をつぐむ。言葉が出ない。口元から出ようとする単語全てが音にならずに消えていく。はき出されるのは吐息のみ。
「でも、あきらめれなかった。すごく虫のいい話かもしれない。でも、元に戻りたかった。一緒に同人誌を作りたかった。だから、メールしたの」
原稿が進んでいないって言うのは武さんから聞いたわ、と悲しげにほほえむ。
「読んだよ、同人誌。私の書いたシナリオとはちょっとだけ違ったけど、面白かった。最後のオチとか、すっごくよかったよ?」

あのとき書いたエンディング。飛び出した彼女を、追いかける俺。背後から彼女を抱きしめ、一言「愛してる」。ハッピーエンドが好きだった俺に取って、最高の締め方。

「その本さ、最後まで、読んだ?」
その一言を、伝える。自分の精一杯の力を込めて、その一言だけを。
「よ、読んだけど、なにかあったの?」
「あとがきの、次のページ、見てよ」
後書きの次のページ。奥付と、後書きの間。普通は、空白になる、1ページ。

 

……

 

…………

 

………………

 

バスのライトに照らされて。絡み合う一組の男女。お互いの目には涙を浮かべ、背中のリュックには、わずかに残った在庫の同人誌。二人、「来年は、完売できる作品、作ろうね!」と言いながら。とにかく、とにかく、抱擁を交わした。

同人誌の最後のページ。美希のウェディングドレス姿に、胸元にはあのとき買ったペンダント。そしてその下に。

『She is my Engagement partner』

~fin~

とある車内の一コマ(お題バトル作品 お題 くるま 野球 大喜利 電話)

2012年01月14日23:24

「とりあえず、今日は何する?」
うだるような暑さ、車の中には熱源が2つ。
「プールとかどうよ?」
「いや、女っ気がないのに行っても楽しくなかろう」
「行けばいるかもしれないじゃん!」
「俺らにナンパができると思うか?」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「それを今から決めるんだろうが!」

 

カーラジオから流れる甲子園中継を横目に、車は走り続ける。
当てもなく、目的もなく。
ただただ、車を走らせていた。

 

「そういえば、今日持ってきた?」
「あー、持ってきたよ」
「そうかー、じゃ、いつもの奴ヤルか!」
「お、ならカバンからホワイトボードとペン出してくれ。運転中だから手が離せねえよ」
メガネケース型ペンケースには、一本のペンとイレイサー。

「お題です!」
その一言に、車の中に緊張感が走る。
「30年ずっと大事にしていたダッチワイフに宿った特別な能力とは?」
その発言と同時に、ペンが走る。はい、と言う挙手と共に、回答が出る。
「『では、入れます』とだけ喋る!」
「ローションが何もしなくても出てくる」

 

……

 

…………

 

………………

 

 

「……どうよこれ」
「どうって、何よ さすがに『フェラはすっげぇ気持ちいい!』がひどすぎたか?」
「いや、それじゃなく。コンなことしてて、良いのかなぁって」
「楽しいじゃん! 楽しくない?」
「いや、大喜利は楽しいさ デモさ、こうやって、男ふたりで車に乗ってさ、目的もなく大喜利してるって言うのはどうなのよ」
「どうよ、って言われても……」
「もうさ、俺ら24じゃん。これぐらいの年だとさ、もう彼女の一人いてもおかしくはないじゃん。デモさ、俺ら、そんなの全くないじゃん」
「あ、ああ……」
「それに、俺ら……」
「うん……」
「童貞じゃん……」
「あ、えと……」
「童貞がさ、コンなことしてちゃダメだと思うンだよな。もっとさ、モテるような努力をした方が良いと思うンだ」
「そ、そうかな……」
「そうだよ。おまえはさ、まだ車が運転できるから良いじゃん。俺は免許も持ってないしさ。顔も悪いし。そもそも、合コンでも『大喜利って何?』って言われるじゃん」
「いや、俺ら、大喜利天下一で優勝を競ったじゃないか! 好きなことをして何が悪いんだよ!」
「ああ、大喜利は俺たちの青春だった。でもさ、そんなの、関係ないじゃん。こんな、童貞くさいことやってちゃダメなんだよ。いつまでも青春にしがみついてちゃダメなんだよ」
「あのさ、楽しいことをするのって、そんなにダメかな」
「ダメじゃないとは思うさ。でも、それを捨てないといけないときもあるんじゃないかと思ってさ」
「確かに大喜利ってマイナーな遊びさ でも、俺たちは楽しいからやってきた 楽しいことをするのに理由っているのかな。確かに、何でやってるかなんて分からない。何の役にも立たないかもしれない。でも、楽しいから良いじゃないか。」
「役に立たないといけない時期だよ、実際」
「そ、そんなこと……」
「そうだろう? 大喜利が青春だった俺たちに何が残った? 就職も無い、プーじゃないか。今も深夜ラジオに投稿し続けるだけだし、彼女もいない。こんな人生に価値な(ピッポロピッポーピッポポポポポ♪)」
「あ、ゴメン電話だわ(ピッ)あー、梓ちゃん? 今? ちょっと友達とドライブ~ 来週つれてってやるからすねるなよ~

後、例の企画書、部長なんて言ってたか分かる? 分かったらメールよろー じゃあねー また電話スルー(ピッ)

あー、ゴメンゴメン何の話だっけ?」

 

 

車は走り続けた。

当てもなく、目的もなく。

Cupid-Reaper

2011年12月21日22:36

雪が舞い降りる聖夜。
俺は……

死んだ。

線路の下に横たわるマグロのお刺身は、とても小さく細切れにされていて、所々食すにはふさわしくないような部位もあった。線路、およびその下に引いてある木にこびりついている真っ赤な液体が、その物体が新鮮"だった"事を物語っていた。

「……で、もうこの世への未練は無くなったかなぁ?」
「うわー、マジかー、アレ俺なのかー」
霊って本当にいるんだな。だって、今、実際に俺は俺の死体を見ているわけで。しかもなんだかちょっとだけ浮いちゃってるし、体がちょっと透けている感じもするし。

「もう、大丈夫?」
「えっと、あのぶよぶよしてる奴が脳? うわ、えっぐいなー」
基本的にグロ画像に免疫が無く、某巨大掲示板で間違ってグロ画像を開いた瞬間に脳内に完全インプット、その画像がフラッシュバックして夜も眠れない日が続くような俺でも見ていられるのは、自分のからだだからなんだろうか。それとも、知らないうちに免疫が憑いたのかしら。

「もしも~し?」
「あ、マグロのお刺身回収って警察とJRの職員がするのかー。専門のバイトがいるって都市伝説なんだなー」
やっぱり都市伝説だったんだなぁ、と感心する。そうだよねー。確かにそうだよねー。だって、こんな年に数回起きるか起きないかのためだけにバイトを雇うなんて非効率的だもんねー。それに、現場検証とか、そういうのがあるから勝手に動かせないだろうし。

「きこえてますか~?」
「でも、これでどれだけ損害出てるんだろ? 乗客は遅延証明もらうだけで、損害補償してもらえるって事は滅多に無いけど、これでJRはかなりの額が入るんだもんなぁ。ぼろいよなぁ」
雪で、人身事故で、どれだけ電車が遅れようと、講義に遅刻ならいざ知らず、1限目に間に合わないぐらいに遅延しておいて、出されるのは小さい遅延証明1枚だけ。ソレを受け付けてくれるかどうかは教授にかかってるわけで、ひどい教授の場合はそういうのを受け入れてくれなかったりする。そう思うと、なんかイライラしてき
「ちょっとはこっちの話聞けよゴラァ!(ドッ!)」

腹部に受ける衝撃。
クリーンヒットしたその足は、俺を吹っ飛ばすには十分すぎる力だったわけで。霊体であり、重力に対して垂直抗力を地面から受けないことで摩擦力によるグリップ力が無い俺の(霊)体がどうなるかは想像に難くないわけで……。

「や、やっと捕まえた……」
目の前に息を切らしながら立っている女の子が一人。それにしても捕まえたって。自分が俺を蹴ったからそうなったんだろうに。自業自得だろ。そもそも誰なんだおまえ。そもそも、俺が見え、ソレでいて俺を蹴ることができるって言うのは結局……。

「あ、 私はあきら。この地域担当の死神なのね」
おいてけぼりな俺を無視してしゃべる少女。まあ、こんな幽霊なんていうものが存在してるんだから、死神がいてもおかしくはないだろうが。
「で、あなたが修一くん…… でいいのかな?」
「そ、そうだけど……」
目の前にいるのはちょいロリ気味の少女が一人。なるほど、死神と言うだけあって、身長より長い鎌が……。
「鎌、無いじゃん」
無い。極々一般的な死神に必要なもの、鎌がない。某サイトの画像検索とかで調べてもヒット率80%を超えるようなこのアイテムを持っていないとは。信用しろと言われても困るではないか。
「あー、今は、これなんだよ」
少女の手元で鈍く光るトカレフTT-33。
「鎌なんて時代遅れだからねー。今でも本当に長老レベルの死神だったら使ってるかもしれないけど、ほとんどの死神は使ってないよ」
とかぬかしながら手元の鈍い光を見せつけてくる。ただでさえ安全装置のかかってないピストルだから、そうやって見せられ「クシュン!」
軽い破裂音と、飛んでいく鉛玉。若干球足は遅いものの、初速が早いことで有名なトカレフである。くしゃみの時に手が若干ではあるが上に向いたのが不幸中の幸いだった。玉は俺の体を貫くことなく、頬に一筋の赤い線を作るだけで済んだ。よかったよかった……。

「んな訳があるかぁ! 何しやがるんだこのアマ!」
一筋の線をなぞりながら、少女に詰め寄る。
「ちょ、ちょっとしたミスじゃない! そんな細かいこと気にする男の人って……」
「細かくねえ! 死にかけたんだぞ!」
「いや、もう死んでるじゃん」
あー、そうだっけ。死んでるんだっけ。そういえばさっき駅員さんが片付けていたマグロのお刺身、実は俺だったんだっけ……。

「んで、その"死神"様が俺になんのようだ?」
「用も何も、死んだんだから現世から出てってもらわないと。あなたはここにいてもいい存在じゃないんだよ?」
いてもいい存在じゃないんだよ? と言われても。気がついたらここにいたんだし、どこに行けばいいのかも分からないのだからしょうがないだろう。
「いい? 死んだら、その霊魂はここではない、黄泉の国。そこで閻魔様の裁きを受け、適切な場所に配属される。本来、この世界は霊魂がいてもいい世界ではないし、いられるようなところでもない。この世界にいる霊魂は少しずつ霊力を失い、最後には……」
少女は目をわずかにそらす。なにか、言いにくいなにかがあるかのように。なにか、伝えなければならないのに、伝えられないようなことがあるように。
「最後には……?」
「消滅する」
「……はぁ?」
「何が"はぁ?"よ! 消滅するのよ? 怖くないの? 消えちゃうのよ?」
いや、そうだろうよ。霊魂がどうのこうのとか、霊力がどうのこうのっていってる段階でそんなことだろうな~、とは思ってたよ。もう死んでる段階で存在は消えてるわけだし。そこら辺はもういいかなー、とか思ってる。霊魂なんだし。
「何で怖がらないのよムキー! 消えちゃうのよ! 存在が消えちゃうのよ!」
「いや、もう死んでるじゃん」
「死ぬのと存在が消えるのは違うのー!」
「じゃあ何が違うんだよ」
「それは…… えっと…… そう……」
歯切れの悪いロリ少女をとりあえずスルーしておく。向こうも完全に理解してないみたいだし。
しかし、そんなのは今は関係ない。
死んでしまった。これは覆しようがない事実。それに、死んでもなおこの世界にいる。あの娘のことも心配だし……。

「ん? 何? 何か未練でもあるの?」
俺の様子をロリ死神がのぞき込んでくる。
「あ、もしかして…… 彼女?」
な、ななななななぁ?
「図星~☆ ……まあ、彼女の様子見るぐらいなら大丈夫かな……?」
「え? そんなに融通聞くもんなのか?」
「まあ、最近三途の川の船頭がサボりがちで神判進んでないみたいだし、ちょっとぐらい遅れても大丈夫でしょ」
ゆるいなおい! そんなんで大丈夫なのかホントに!
「時間もないしさっさと行くよ~? それじゃしゅっぱ~つ!」

魔法のほうきに乗るわけでもなく。死神の鎌が乗り物になるわけでもなく。霊体とは便利なもので、道具も能力もなく空を飛ぶことができる。飛んでいる故に横からの攻撃には弱いが、風も体を通り抜けるのだから横からの衝撃も皆無。実態がないってこんなに楽なのかー。ずっとこのままでも良いなー……。
「ねー、彼女って、どんなの~?」
無邪気に尋ねてくるロリボイスでふと我に返る。このまま時の流れに身を任せてもしょうがない。足下には有象無象が所狭しと動き回っている。こうしてみていると、蟻を踏みつぶしたくなる気持ちがよく分かる。

「ね~ぇ~、ど~ん~な~の~?」
ロリボイスがどんどん迫ってくる。足下のみを追っている俺にはその声しか聞こえない。どこにいるんだろう。さっきは本当に何が何だか分からなかったけど、改めて死んだんだなぁ、と思う。足下の蟻のような人間たちを見下ろしている。歩いている人の中に、いるのだ「ど~ん~な~の~って~き~い~て~る~の~!」

さっきからほっぺたを指でつつかれ続けている。正直ウザイ。「細身なんだけど、綺麗な黒髪ロングで、胸はでかめ、でかめと言っても爆乳、巨乳と言うよりはまぁほどよいサイズの美乳? と言うか、たれていない感じ? と言うか、なんだかんだでグラビアもいけるぐらいの感じじゃね? と言うか具体的にはギリDぐらいの感じ、ソレでいて顔はどこかの座敷童とかハッピーターンみたいじゃなくってソレこそ容姿端麗、っていうの? みたいな? 容姿端麗? 漢字で書けないですけど? パソコンでなら? 出てくるみたいな? 言うなれば二次元でよくあるサンタのコスプレが似合う? ほしのみゆ? みたいな? でも? むしろ? 巴 マミ? みたいな? 軽くお姉さんキャラ? みたいな? ものを少し取り入れつつ? でも? 軽くロリが入ってる? 見たいな? しかし? ロリコンって? 実際には12歳から14歳ぐらいを指す言葉で? 8歳から12歳はアリコン? 6歳から8歳はハイコンって言って? 区別される? 見たいな? でも? 俺が言ってるのは? この実際の意味でのロリでって? だいたい13歳ぐらいっぽい感じなんだよね?」と彼女のことを軽く説明してやったは良いものの、調べたりしてくれるわけでもなく。ただただ俺のほっぺたを突っついているだけ。
「あーもう! 突っついてくんな!」
「えー でもー、きーもちいーよー?」
「どこが?」
「えーっとねー、このー、やわらかいねー、プニプニとしたねー、この谷間がー」
「でも気持ちいいから突くっていうのはや「あ、あれ!」」
遮られた言葉の向こうに、細身だけど綺麗な黒髪ロング以下略が歩いている。その目の先は、まっすぐ前を見据えている。
「あの子でしょ? ほら、最後の挨拶でも行ってきなって!」
「え、ちょ、おま……」
「今、実体化させてあげるから! さっさと行く!」
「無理だよ!」
張り上げた言葉に、肩をすくませる少女。何で? と言う顔をこちらに向けつつ、ぶーたれている。俺の未練が無くなれば、俺を連れて黄泉の国へ行ける。自分の仕事が終わる。まぁ、終わらせたいんだろうね。
「だって…… まだ…… 告白すら……」
まだだった。あこがれのあの子、つかさ。自分の気持ちを伝える前だった。クリスマス、放課後に会う約束をして、告白する予定だった。そしてその日の夜、マグロのお刺身になった。彼女との待ち合わせ場所に行くため。電車に乗るためのホーム。気がついたら飛び込んでくる電車に飛び込んでいた。
「なーんだ、そんなことなのー?」
そんなこととはなんだ。そんなこととは。
「それじゃ、私の出番ね♪」
そう言いながら鈍い銀色が真っ平らな胸元からちらつく。明らかに見せびらかしているような感じがするが、そんな真平らな胸を見ても欲情なんて
「見るのはそこじゃない!」
ツッコまれた。
「トカレフにこのピンクの弾を入れて……と♪」
こっちがなにか言いたいのを無視して勝手に作業をしている死神ヤロウ。鼻歌交じりに、トカレフの銃口を磨いたり、弾を準備していたりする。
「これでよし……と♪」
「ちょ、コラおいこっち向けるな!」
安全装置のないその銃を笑顔で向ける死神少女。一回死んでいるとはいえ、ここで殺されたくない!
「えっとね、この銃で相手を撃つと、その直後に見た人のことを好きになっちゃうのだ♪」
えー何そのご都合趣味。死神って言う存在の時点である程度はあるかもなぁ、とは思っていたけども。どこかにありそうな設定だし! ご都合趣味だし!
「よ~し、早速……ヘクチッ(パン!)」
俺がなにか言う前に彼女に向けられていた銃口から、そのくしゃみと共に弾が飛び出していた。わずかに外れたその弾はその横を歩いている青年をかすって飛んでいった。その青年の頬からは赤い一筋の糸が現れていた。この青年はかまいたちかなにかにあったと思うのだろうか。
「……あっれー?」
「なにが『あっれー?』だ! 危なすぎだろこれ! さっさとやめ「よーし、どんどん行くよー!」」
乱射されるピンクの銃弾。そのまき散らされたポップな鉛玉が歩行者あふれるクリスマスの街に食い込んでいく。外れた弾は街を破壊し。弾がヒットした人は破壊されない代わりに、道行く人々に求愛活動を行っている。
「え、な、なんなのぉ~!」
急に狂ったように求愛し合う男女。クリスマスでカップルが多かったと言う事もあって、最初のカップルで求愛し合っているものがあり、ソロ同士の男女で告白し合っているものあり、男子同士、女子同士というのも珍しくない。

つかさの元にも求愛しようとしてくる男子、女子が群がってくる。メインストリートには、求愛相手が見つからない人々が追っかけてきていた。

「おい! これ! どうすんだよ!」
「どうするって言われても…… 私のせいじゃ「おまえのせいだろ!」」
明らかに責任逃れをしようとする死神を問いただす。
「どうする? どうするよ俺!」
「しょうがないなー、ちょっとの間だけ、実体化させてあげるよ。これで、なんとかなるでしょ」
ポン、と言う小気味いい音とともに、足下へ地面の感触がよみがえった。ソレと同時に、重力による引力を同時に感じた。実体。半透明でもなく。普通の人間と同じ、実体。そして、ソレはつまり、あの銃弾を受けた人の目にも触れると言うわけで……。
「お、男だぁあああぁぁぁああぁぁあぁ!」
俺の元に突っ込んでくる女、女、男、女。
一部追っかけてきてはおかしい性別の人がいるが、気にしてはダメだろう。そもそも気にしてたら。
「追いつかれる……!」
気にする暇もなく敵前大逆走をかましていた。捕まると、終わる……!

どれだけ走っただろうか。何百メートルか、何キロか。はたまた、何十メートルかもしれない。数分かもしれないし、数時間かもしれない。また、数秒しか走ってないのかもしれない。ただ、追っ手に追いつかれないように、全力で大地を蹴っていた。くそ、これほど霊体の方が良いと思ったことは無かった。重力とはなんと体力を奪うものなのか。死んでない人には分からないだろうなぁ、と重いながらその体を動かしている。

息が切れる。肩で息をする。心臓が止まらない。脈動が収まらない。しかし、立ち止まってはいられない。立ち止まったら、喰われる。いろんな意味で。主に服をはぎ取られ、全裸にされ、あんなところやコンなところを……! ああ! ダメ! そんなところいじったら! イっちゃう!

「撒いたか……」
路地裏。身を隠し、あの濁流をやり過ごした。やり過ごしたと言っても、もうほとんど効果が切れたようで、ほとんどの人が惰性で追いかけているようだった。追いかけていた人のほとんどが男だったというのもなにかあるのだろうか。それに関してはあってもらったら困るのだが。

「あ……」
路地の向こう、小さな公園。その姿はあった。俺が待ち合わせしていた公園。一人の黒髪ロングの少女が立っていた。時間はまもなく夜7時。俺が待ち合わせをした時間……ではなかった。俺の待ち合わせの30分前。

雪が舞い降りる聖夜。

その少女の前には……。

男がいた。

俺とは違うイケメン。ソレこそ、どんな女性にももてそうなイケメン。俺なんか、手も届かないような容姿である。そしてそのイケメンはつかさの手を取って、夜の街に消えて行く。

 

「……こんなところにいたの? 探したよ♪」
頭上から脳天気な声が嗚咽と混じってふってきた。嗚咽はどこから来てるんだろう。誰が泣いてるんだろう。近所の子どもかな。公園だし、子どもが転んだのだろうか。目の前は、真っ暗。
「もしかして、泣いてるの?」
そうか。俺が泣いてるのか。何で? 何で泣くんだろう。分からない。フラレタから? でも、もう、死んでるんだぞ。どうせつきあえたとしても、すぐに死んでいなくなるだけだ。それなら、彼女が好きな人とつきあえた方が彼女にとって幸せだろう。俺とつきあって、すぐにいなくなる悲しみを味会わせてしまうだけだというのに。これで良かった。これで良かった。これで良かった。これで良かった。これで良かった。これで良かった。

そう思ってるはずなのに。ソレが一番だと分かっているのに。涙が止まらなかった。

泣くな。泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな。泣かなくても良いのに。泣いてもなんにもならないのに。
「……あの子、だね。よし……」
つかさの後ろ姿が見える。そこに、標準があうトカレフ。引き金に指がかかる。
「いい加減にしろよ」
低く声が響く。
「何が未練だ。こんなモン、どうせかなわないんじゃない。そのためにこんな、騒動起こしやがって。そもそもおまえ、死神だろ? 死神がそんな恋愛の事にからんでんじゃねえよ。恋愛って言ったらキューピッドだろうよ。生と死って正反対じゃねえか。おまえは自分の仕事をしてれば良いんじゃねえのかよ。何でそんなことするんだよ」

「わ、私は…… 私は……」

沈黙。

沈黙。

沈黙。

舞い降りる雪とは裏腹に。胸の中は漆黒の闇。自分の言葉に後悔しつつ、その場でうずくまるしかなかった。自己嫌悪。自己嫌悪。自己嫌悪。

寒い。

どれだけ時間が経ったのだろう。1時間だろうか。10分だろうか。それとも数十秒かもしれないし、数日経っているのかもしれない。ただ、寒かった。寒いとしか感じなかった。

泣き疲れた。寒い。寒い。もう、死ぬだろう。生きていてもしょうがない。そうだ、死んでしまおう。このまま寝てしまえば、良い具合に死ねるできるだろう。僕はダメな人間だ。死んだ方が良いんだ。眠い。ねぇ、パトラッシュ……。

「アンタ、もう死んでんじゃん」
声の方向へ頭を向ける。鈍く光る胸元。目の前に光るその鈍色に目が奪われていた。
「ほら、時間。さすがにもう、連れて行かないと」
体は軽く透けはじめ、手から軽く向こうの景色が見えている。そうか。俺、死んでたんだっけ。死ぬ手間が省けたじゃないか。このまま、どこにでも行けばいいじゃないか。

体が浮き始める。風に飛ばされる……事もなかった。もはや、この世界の人間、いや、生物では無いと言う事を実感した。
ただただ暗く、無限に続く空を飛んでいた。

沈黙。無音。静寂。

いたたまれない空間。いつの間にか、無限に続く漆黒の中を飛んでいた。ただ、舞い散る白い粉末がその場を色づけていた。

「私……さ」
その沈黙を破るのはロリ死神少女。
「本当は…… 愛の、キューピッドに、なりたかったんだよね……」
そのか弱いつぶやきは、舞い散る雪のように、薄く紡いでいく。
「死神とか、キューピッドって、一級神試験に合格したら、選べるんだけどね……。私、ドジだから。ドジだし、銃の扱いも下手だから、なれなかったの。ほら、さっきの銃を使って、恋をかなえたりするのがキューピッドの仕事だから……」
「そうか、あの銃が……」
「うん、本当はキューピッドの弓矢の代わり。まぁ、死神も殺すのに使うんだけどね。だから、恋愛成就の弾も持ってた。……なれなかったけど、あきらめられなかった。女の子の、男の子の、男の娘の、淡い恋を応援したかった。でも、死神だし。私は死神。死んだ人の魂しか私のことを見ることはできない。ソレでね、君を見て思ったの。助けてあげたいって。死んじゃったけど、最後に、恋愛成就させてあげたいなって。ソレができたら、自信を持って死神をやっていけるなって。何の負い目もなく、死神生活をエンジョイできるなって」
小さく、つぶやいていた。少女の胸に光るトカレフは、薄く濡れていた。ソレが降っている雪によるものなのか、それとも少女が生成した液体なのか。そこまでは確認できなかった。
「でも、できなかった。結局、また、失敗しちゃった。当たらないし、他の人に当てちゃった。失敗した。失敗しちゃった。君に最後の恋を、あげたかったのに……」
頬には、今までと違う透明な一筋が伸びている。
「やっぱり、私、ダメな神さまだね…… 失敗ばっかりだ。私は……「おい」」
「俺にはさ、そう言う、キューピッドがどうとか、死神がどうとかは分からないけどさ」
口を開いている自分に気がついた。口を出して良いのかは分からない。けど、言わずにはいられなかった。
「頑張ってるよ、おまえはさ。確かに失敗だらけだけど、頑張ってるのは分かるよ。だからさ、おまえは、おまえなりに、やってけば……」
「よし、元気になったね♪」
「え?」
「うん、元気元気! 元気が一番!」
泣きそうだったその顔は跡形もなく。ただただ元気な少女が一人。
「え、ちょ、おま……」
「なに、今の話、信じてたのぉ?」
な、つまり、それ……。
「嘘よ、う・そ! アンタがしょぼくれてたから、そんなアンタと三途の川までとはいえ一緒にいると気が滅入るのよ! だからよ! だから!」
「て、てめぇ…… コラ待て逃げるな!」
「おーにさーんこーちらー! てーのなるほーうへー!」
目の前、全力で逃げていくロリ死神少女。その少女が行く先に、雪とは違う、そして雨とも違う液体が流れていったのを、俺は見逃さなかった。

 

~fin~

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