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カテゴリ: コラムっぽい記事

高校野球児たちが甲子園に敗れ
泣きながら甲子園の砂を集める行為が私は嫌いだ!
女々しいから
※この女々しいという言葉も今では差別的な言葉と捉えられる

以前知り合いと食事の際にこの甲子園の粉を集める行為は嫌いだ
という事を言うと
「君には物事に真剣になって取り組んだ事が無いんだろうね」
と言われ頭にきた!

先日前々務めていた会社の世話になった上司と飲む機会があり
お邪魔した際にこの事を言ってみた

この上司は剣道5段で今でも剣道の練習などを時々しているので
どういう回答か気になったのだ
二人とも酔っていた手前明確な答えは貰えなかったが
その上司曰く
「そいつの勝手なんやから好きにさせてらええんちゃうか?」
と言われ、まあそれもそうだなと思った

私がなぜ「泣きながら甲子園の砂」行為が嫌いかというと
敗戦で終わったと思い泣きながら思い出の品を
持って帰ろうとしているからである

泣く程の思いをしたのならそこで終わりではなく
さっさと荷物をまとめ帰って素振りの練習でもした方がいい
社会人になってからでも続けて練習して
プロテストを受ければ良いと思うし

もし甲子園までと割り切っているなら
思い出の砂を集め帰宅後に泣けばいい

つまりは甲子園の砂を
泣きながら集めるまでが伝統であったり
メディアのTV受けする材料だったり
それを皆がやっているからなんとなくやってる
お馴染みの行使として映ってしまい自分が無いのかな?
と思ってしまうのだよ

補足すると
「君には物事に真剣になって取り組んだ事が無いんだろうね」
といった奴は甲子園でどこが勝つかを会社の食堂で金をかけてやっている
こんな奴に言われたくないねw

ネットを見てるとフリーザの戦闘力は1億2000万の記事が目に止まって
やはり納得できないw

第一形態53万
第二形態100万
第三形態?
からなぜいきなり第四形態が1億2000万になるのか!?

一応公式設定なのだが
これは単純にゴクウの戦闘力に界王券を倍掛けした結果である
アホかとw
そこからの間違いがネタ化していき現在に至る

※以下の過去記事は公式設定が間違いであってほしい推察です

DBの話で界王拳の逆算でフリーザの最終形態やスーパーサイヤ人のゴクウが1億の戦闘力を超えるとかって揚げ足とってるけど、フリーザ第一形態が53万やのに第4形態で1億超えるとか発想がバカかと思う。

まず界王拳は「戦闘力を倍にする技ではない」これ
習得当時の戦闘力6000程のゴクウが戦闘力倍になるみたいな発言があるが
ゴクウの戦闘力が6000だったから倍になるって意味で
界王拳が戦闘力+6000程の技だと過程すると

つまりは界王拳は「戦闘力を倍にする」ではなく
「使用者に戦闘力が+されていく技」
当時のゴクウがたまたま戦闘力と界王拳で+される戦闘力が同じだったから
「倍になる」という発言をしただけで、倍になる技ではない!

界王拳自体も修行により、戦闘力の加算が大きくなる
ゴクウがフリーザと戦った時の戦闘力が100万で界王拳一倍につき
1万プラスと仮定すると30倍で最高130万程度。

※ここまでツイッターに書いた

フリーザは変身一回につき戦闘力50万+αと仮説
第一形態53万
第二形態100万 ピッコロのがちょっと強い
第三形態150万 ピッコロ負ける
第四形態200万
フルパワー240~250万?

第四形態とフルパワーの所がちと曖昧だが
フリーザのセリフ「フルパワーの半分程度でゴクウは倒せる」に合致する

だがこの理論でいくとピッコロとゴクウはあまり強さは変わらない
もしかしたら第四形態時のベジータの方が戦闘力は上かもしれない。

だがベジータはビビって全力を出していないし
フリーザはゴクウと戦った時本気を出さず遊んでいる

つまり

界王拳は戦闘力を倍にする技では無く

戦闘力を底上げする技

界王拳習得時がたまたまゴクウの戦闘力と

同じだけ底上げされる数字だったので

ゴクウの戦闘力が倍になる発言等は

その当時だけの意味


一億超えるとかDBの世界観を壊すような事はない!

今更だが私的な意見で「フロイド・メイウェザー vs. 那須川天心」についての記事を書こうと思います

私の好きな青木真也選手はこう語っています
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190215-00010005-abema-fight

このエキシビジョンについては
体重差であったり、ボクシングルールで蹴りが無かった事など
様々に言われていますし、個人的なコメントでも批判的な事が書かれていたりもします

ですが私が思うにこのエキシビジョンは良かったと思う
何が良かったのか?

那須川天心選手は出来れば勝ちたかったと思うし、真剣に取り組んでいたと思う
しかし、体重差もあってか一方的に見える展開ではあったのも事実
でも今やらないともう出来ないからやったという
結果よりも経験を優先した挑戦と考えるのが一番近い捉え方かなと思いました

那須川天心が思ってたよりも弱かった
という意見をよく見ますが、年末のエキシビジョンとして考えた場合に
最高の試合では無かったけど最悪の試合では無かった

最高の試合だったと想定出来る事はもちろん那須川天心がフロイド・メイウェザーに勝っていた事
次点では両者検討して引き分け
そして三番目に現状のフロイド・メイウェザーの圧倒的勝利

一番最悪なのは両者互いに保身を気にしてジャブ程度の手数をだして試合終了
要はスパーリング程度の泥仕合

世紀の凡戦と呼ばれた波の無い試合に比べると
完全決着もついているし、短い時間ではあるが年末の祭りに相応しいエキシビジョンであったと思います

ゲームを制作するうえで正義と悪など価値観や理念が非常に役立つなぁ
と思いましたので私の思う価値観や理念を少しだけ書こうと思います

●まず正義と悪について
大人が正義と悪を子供に教えるのは非常に難しい
これは社会構成やお金を稼ぐ事、生きる事が悪の理念に近しいからである

生きる事=食べる事だと私は思っているので
食べる事=命を奪う事という理念で生きています
そして命を奪うこと自体は善悪で例えると悪行に近しい行為かなと…

野生動物が自身よりも弱い生き物を食べる事
すなわち生きるという事は悪なのだ

しかし、食べないと生きられないので
仕方なく命を奪う悪行為を働か泣ければ行けないことを
日本語の例えでは「業」(ごう)と呼びます
こういう話になると少し仏教のような価値観の宗教話になりますねw

でも私はこの「業」という言葉
犯さなければ生きられない行為を意味する言葉が非常に好みです
ゲームキャラクターの理念に置くと非常にキャラクターが立ちますね

お金を稼ぐ事については長くなるのでここでは今回は書きません
また次回機会があれば書きます

●次に善悪の理念と価値観について
善行と悪行とは何か?
もし自分に子供が居て、それを教えるとしたら貴方はそう教育しますか?

子供に善悪を教育するのは非常に難しいですね
そこで非常に役立つのがTVを見せる事でその中でも特に際立つのが
ウルトラマンや仮面ライダーの様な「特撮」文化です

特撮の舞台にはほぼ必ずと言っていい程、善と悪を象徴するキャラクターが居て
必ず正義が勝つ前提の構成で作られています
子供に善悪を教える教材としては非常に良いですね

ウルトラマンであればウルトラ星人が地球を守るヒーローで地球に害を成す怪獣が悪です
仮面ライダーではウルトラマンが国を守るヒーローでショッカー等の悪の秘密結社が悪
しかし平成の特撮ではこれらの善行と悪行の差別化をあまり見られず時代の流れかな?
とも受け取れます

今回の記事は昭和の特撮文化という概念での記事である事について書いています

しかし、これはあくまでも子供に限定される話で
昨今はこの特撮の理念は子ども教育というよりも
大人の特撮好きやマニア層に支持されてるように思います

特撮の理念や思想を卒業できない大人
これがいわるゆる「引きこもり」に当たるのではないかな
と、私は思います

そんな特撮の理念を抱いたまま社会に出た大人達が
まず目の当たりにするのは、善悪が善行、悪行から多数決に変ってしまいます

●善悪と多数決
子供が成人になり社会に出るとそれまでの人生観では
人の行動や行為を善と悪に分ける事が非常に難しく
それを大まかに分け、悪行を捌き、それを罪として罰し
それ以上の罪を重ねない様にするのが法律であり裁判でもあるのかな?
と簡易的に表現します

しかし、では人間の代表としてその倫理観を社会で支配するのか?
と、問われると間違えた場合の責任を負えないので恐らく誰もやらないでしょう

ですので多数決を取り、均衡化した社会情勢を作ろうという理念が
多数決であり、選挙であると思います

特撮の善悪教育を受け、それを信仰した成人が社会が社会に出て
いきなり多数決が善悪の決議思想であるという価値観に切り替えるのには
個人差があり、受け入れられない場合は引きこもってしまうのではないかな…
私もそんな中の一人であったのではないかと今更ながらそう思う部分は少なくないです

でも、社会に出て働かないと食べていけないので
頑張って生きねばなりませんね

●最後に恥の文化について
私は大人になってよく思うのですが
結婚し、小さな教育途上の子供が居てる親御さんは
「恥の文化」を教育するのにどう説明しているのか?
また、「恥の文化」自体を教えていないのかな?

そもそも我々大人は「恥の文化」を理解しているのか?
という疑問があります

私はそれについて答えを出していて
「恥の文化」=要するに人の迷惑にならない行為を心がける事
これに尽きると思います

もし、自分に子供が出来たら行教えようといつも心に持っています
自分の行った行動や行為を他人が見た時に
「こいつは何をやってるんだろうか?」
「親の課をが見てみたいね」と思われない行動を心がけよう

更にその教育を家族間から身内間へ
それが広がり、今度は近所間から全国規模へ
という感じで「恥の文化」というのは日本中に浸透した良い文化であると思います

近年では震災が多く日本で窃盗が横行せず
助け合った事が世界規模で「恥の文化」が広がった事があったように思いますが

それとは逆に一部では震災に乗じた悪行なども報じられた様にも
「恥の文化」が失われつつあるのかなとも反面に思います

ゲームを制作するうえでキャラクターを作る際には
そのキャラの生い立ちや善悪の価値観と生きる事の心情を持たせると
善悪問わず魅力ある、良いキャラクターが作れると私は思います

国内販売のダンエロ作業も一通り終わり
お疲れ様ですといった所ですがFANZA様(旧DMM)の販売申請が残っている

今現在はパッケージ販売のVerデバッグ中でその後
FANZA用の体験版と製品版のデバッグをこれからといった所なのだが
こう立て続けにクリアまでに10時間程度かかるゲームのデバッグをすると
狂気の沙汰かと思う程新作の作業が出来ないでいる

上記の作業が終わっても海外販売用の翻訳の企画をまとめないといけない
これを簡潔に終わらさないと翻訳を依頼する方の作業難易度が上がってしまうからだ

こういう地道な作業で手を抜き人任せにすると必ずどこかで手痛い目を見るので
極力自分が関わって終わらせる事が重要だとは思っているのだが
ここまで作業が多いと本当に次の事が出来なくなって困る

もう私もこの同人同人ゲーム作業を始め今年で6年目になり
販売ゲームも3つ目となるが
この域に来てゲーム制作にはデバッカーが必要なのだなぁ
と、思うようになった

今作のダンエロは時々ブログ記事を手伝ってもらっている
あまそぎスキュラさんにデバッグ協力を頂き大変助かりました^^
彼もまた仕事帰りに少ない希少な時間を割いてデバッグをしてくれている
ゲーム戦士なのだ!

これから頑張って年にゲームを2本作る目標を据えた場合
デバッカーの存在は不可欠であろうと思う今日この頃

今のこの作業状況下で新作の制作を後回しに
販売後の作品を海外に販売する展開は果たして
作業量と売り上げが伴うものなのか?
新作に作業を進めて早く新作を販売した方が良いのか?
疑問に思う

海外販売なんてものは
人手が多くて初めて円滑にできる事なのかなと
出来もしない背伸びをしてしまっているのではなかろうか
そんなしょうもない事を考える日々である…

とは言えダンエロも完全版になり販売ページの評価なども
やっと適正の数値になって来たのかなと思います

今回ダンエロを制作~販売するの反省点が多く次回に反映したいと思う事が多々あり
①ギャラリー要素のデバッグモードはテストチェック用に初めに作る
今までは一番最後に作る作業として販売後に着手してきたが
おそらくこれは間違いで最初に作ってデバッグ時間を省略した方が吉

②割引について
今回予想の売上よりも低く少しでも数を伸ばすために
販売の一ヶ月後にキャンペーンで20%OFFを実施したのだが
そこそこ売り上げも伸び良かったなと思っています
ですが①のギャラリー要素など販売後の実施をするのであれば
未完成の販売で帰還を決め販売後から完全版になるまでを割引期間にすべきで
完全版になってから本来の適正価格にするのが正解だったなと反省しています

理由としては今回販売の延期を数回繰り返し
早く販売しなければいけなかった経由もあって
ギャラリーなどオマケ要素は販売後の制作になってしまった
それで販売の一ヶ月後に主要でない要素W挑発やギャラリーなど
必ず不具合もあるのでその修正を見かねての後付け販売となってしまう

この先行販売で買って頂いたお客様にデバッグの様な事をさせてしまう行為
※不具合報告を修正し
収まるのと同時期にギャラリーなどの
後回しにしたオマケ要素を完成させる行為


色々追い詰められ仕方なくこういった経由になってしまったが
これはゲーム販売元がやってはいけない行為であると思い
今回本当に反省しております
申し訳ございませんでした

次回からは不具合はどうしても出てしまうのでその仕様期間を
割引にするのが本当の良心的な販売だと解りました

なんか途中から反省文の様になりましたが
今後も面白いゲームを作る様に努めますので宜しくお願いします

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