アーモンド★アイズ〔サルでもわかる餓鬼講座〕大川高義さん ~北海太郎と渓谷の次郎~

2011年08月03日

大川春義翁・紳士の復讐

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前回「三毛別羆事件」で当の人食い羆を見事捕殺した山本兵吉翁を取り上げたが、実はこの大事件の裏で、〝希代の羆撃ちの達人〟の後継者ともいうべき、傑出したハンターが出現する。袈裟懸け羆は、非道な行いにより自らの天敵ともいうべき存在を生み出し、その後仲間たちにも少なからぬ打撃を与え続ける結果となったのである。

事件発生の1915年(大正4年)12月9日から3日後の12日、北海道庁の指示により羽幌警察分署長が現地に出向き、対策本部が設置された。その本部とされた建物は、六線沢の鳥羽口(氷橋のあった現・撃ち止め橋のたもと)にあった三毛別村長・大川与三吉宅であった。この家に当時六歳で与三吉氏の三男、大川春義という少年が住んでいた。
慌ただしく自宅に集まった大人達の深刻な様子や事件のあらましを聞くに及んで、当初母に取りすがり、一人では便所にさえ立てぬ程に脅えた春義少年だったが、次第に幼い胸中に怒りの炎が燃えさかるのを感じた。それは、無力感や絶望の内に引き裂かれた犠牲者たちの、無念の思いが宿ったものだったのか。

「大人になったら、羆撃ちになって喰い殺された人たちの仇をとる…殺されたひと一人につき十頭の羆を撃って、霊前に手向けてやる!」

その2日後、山本兵吉翁の手によって仕留められた当の魔獣・袈裟懸け羆が三毛別青年会館の敷地に運び込まれて来た。その死骸を、春義少年は村人達と一緒に棒で叩いたという。それがこれから始まる長い闘いへの幕開けとなった。

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射止め橋  袈裟懸け羆が喰人のため六線沢側から渡河しようとした瞬間、一斉銃撃が行われ足に命中、撃退した。

成人した彼は夏期は農耕、冬期は森林伐採作業にと忙しく日々を過ごす中で寸暇を惜しんで山へ分け入っては悲願の成就に邁進した。
かつて山本兵吉翁がそうだった様に、春義翁は殆んど一人で山に入った。早朝家を発ち、必ずその日のうちに家に帰る生活。山へ泊ればもっと獲ることは出来るが、家族の気持ちを考えればその日中に帰らねばと、それを自らに科していた。家では家族が待つ良き家庭人…その点においては山本兵吉翁の様に孤独ではなかった。

「おじいちゃんが一人で山へ入るでしょう。夕方まで全然連絡なしよ。だけど昼頃ちゃんと判るんだ。おじいちゃんが羆を仕留めたかどうかね。何故っておじいちゃんが羆仕留めた時はうちの庭に烏がいっぱい集まってくるの。おじいちゃんまだ山の奥でもね。烏が先に来て待ってるんですから。仕留めた羆が山下りてくるのを。それとー」

「風が吹くんですよね、いわゆる羆嵐が。羆嵐って本当にあるんですから」

自身の射撃技量の向上や羆を追う事に熟練するにつれ、その目標も百頭捕獲へと上がっていった。それは同時に、羆害から道民を守るという側面も併せ持つ。
また、〝三毛別羆事件〟のあらましを古丹別営林局経営課長であった木村盛武氏が関係者を訪ね歩き1961年(昭和36年)から4年の歳月を掛けてまとめあげる作業を始めていたが、春義翁はそれらへ知識・体験談を提供するなどして、事件の風化の歯止めにも貢献している。
長い年月を掛けて悲願の百頭を達成したのは1977(昭和52年)春義翁68歳…初めて羆に挑んだ日から37年の歳月が流れていた。その同年、さらに2頭を加えた102頭のヒグマを六線沢界隈で撃ち捕殺したところで銃を置き引退すると、三渓神社に「羆害慰霊碑」を自費建立して7人の犠牲者の名を刻み(後遺症で死亡した明景梅吉の名のみ刻まれていない)犠牲者並びに自らが手にかけた羆達の鎮魂に努めた。木村氏はこの偉業を「仇や生半可な決意では出来ない事」と語っている。その7年後の1984年(昭和59年)12月9日、事件の70回忌の法要が行なわれ、その後の式典で大川春義翁が講演会の席上、「えー」といって話し出そうとした瞬間、その場に倒れこみ息絶えた。享年75歳であった―

「事件の日が命日になった」

「足跡を追うのではなく、常にクマの動きを読んで先回りした」

「においで気づかれないよう、何も入れないおにぎりを持って出かけた」

古丹別で商店を営む三男の桃義さん(64)の語る父の背中である。あの惨劇も、ひたすらクマを追った父の姿も、風化させてはならないと思う…と。


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                                     参考資料 : 「羆嵐」吉村昭 新潮文庫刊



RG08117 at 21:00│Comments(0)TrackBack(0) オイノ談義 

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